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第二十一話

 月が、輝く。

 オルセは、煌めき乍ら刃から滴りおちる血を、ひとつだけ目にした。そして、頭を振った。


 今は、呆然としている場合ではない。自身のほうけた頭を瞬時に冷ますと、踵を返す。

 ガアプと血飲み子を守らなければ。それが彼の使命であり、騎士としてのわずかな誇りであり、生き甲斐なのだから。


 が、その足は反転はしたものの、走り出すのをふいにやめた。

 最初に、違和感があった。

 暗い。先ほどまで月下にあった周囲が、何故か暗い。月が雲に隠れたのか?

 だが、この妙な恐怖心はなんなのだ。


 オルセはゆっくりと顔をあげた。人々もまた、オルセにならった。

 騎士も、救助者も、傍観者も、野次馬も、その場にいた誰もが、衝撃を受けた。


「あなたのお相手も、ですか?」


 オルセは自身の心臓が肋骨を叩くのではないかと思った。

 化け物。


 そう、化け物、あまりにも巨大な。

 闇市に並ぶどのテントより高く、どの建物よりも高いそれは、首が無い巨大な赤ん坊を彷彿させるような形をしていた。

 それは、人間の肉体やヒルポポスやテントや車や生活家具――まるでひとつの隊商を、大巨人が土と水で混ぜて泥人形にでもしたようだった。その表面には、キラキラと何かが光を反射している。


 人々は、夢だと思い込むことすら許されなかった。

 次の瞬間、それは、路地からぬるりとい出、最初の一歩を踏みだした。

 激震。


「逃げろ―――!!」


 誰が叫んだのかは分からなかった。

 人々は巣をあばかれた蟻のように一気にバラバラに散り、走り出す。大移動の一部は、オルセの横を濁流の如く駆ける。

 奔流の中で、彼は剣を握りしめた。


「仕方ありませんね…」

 神竜ほどではないが、あまりにも敵は大きい。しかもあたりは人間が住む建物が囲む。

 このような敵には、広範囲一点集中型の魔法で、一気に叩くのが最も良い方法だが、あいにくキリアはいない。

 細かく切り刻み続けるのみか。

 一体どれほど時間がかかる?

 こうしている間に、ガアプと血飲み子に何かあったら?

 だが、迷っている暇はない。


「本当に仕方ない…!」


 オルセは電光石火の早さで大地をかけると、テントを台にして、建物の上へと飛翔した。

 まずは一撃。右腕の先を切り落とす。

 怪物がオルセに気付き、ガチャガチャと音を立て右腕を振る。

 瞬時に蹴りあげ、それをかわし、左腕の先も切り落とす。

 怪物が腕を振る。


 かわす、右、左、右――!


 オルセは冷静に巨体を切り刻む。

 本体から離れた物体が、轟音をたてて地面に落ち、大地をひしゃげてゆく。


 素早く回避するオルセの残像を追う粘土の巨人は、ついに両腕を振り回そうとした。

 だが、時既に遅く、腕は振り回せる長さでは無かった。


 思ったより早く終りそうですね…。


 オルセは、巨人の腹を蹴り後退、そのまま着地した。巨人は、上体をぐるぐる回している。

 巨人は、目も、耳も無い、所詮は土人形のようである。正体はよく掴めないが、このままいけば順調に巨人を、ただの瓦礫と出来そうだ。


 すぐに終らせる、そう思い再びオルセは大地を蹴った。

 が、その動きを何者かが邪魔をした。


「………!」


 突然オルセの体に、前触れ無く激痛が襲った。

 痛みを追い、オルセは背後を見た。


 ―――死霊!?


 目線の先に、先程切り刻んだ筈の死霊達が、それぞれ武器を手にしていた。

 死霊のひとりの槍が、深くオルセの背中を突き刺している。その刃は貫通し、わずかに自身の腹から銀色が光っているのを、オルセは見た。


 しまった、とオルセは自身の浅はかさを恨んだ。

 だが、同時に疑問が浮かぶ。確かに先程、魂操さえ出来ぬ程に斬った筈だった。何故、切り刻んだ筈の肉片が再び接合し、動いているのか。


 頭を巡らせ、強烈な痛みに耐えながらも、オルセは背後に剣を振るった。

 死霊が後退し、乱暴にオルセの槍が引き抜かれる。血が大量に吹き出す。


「…う」

 片手で燃えるように痛みが暴れる傷口を押さえながら、死霊を分断してゆく。

 足に力が入らない。心臓と体が躍動するままに、出血も止まらない。体が燃焼するに熱い。


 武器を持ち攻撃を繰り返す死霊、激しすぎる痛み、刻々と過ぎる時間への焦燥。そして再び、オルセは油断した。


 爆音。

 足が大地から離れ、体が吹き飛ぶ。そしてその儘、オルセは街の外壁に叩き付けられる!


 ガラガラと崩れた外壁が、オルセに滝の如く降りかかった。

 砂埃が爆風と共に舞い、オルセを食らう。

 身体中が麻痺し、身体中が痛みに声を荒げた。


「…ぐぅ…ぁ、…っは…」


 オルセは何度か咳き込み、次に血を吐き出した。どうやら、口内を切ったらしい。油断して、焦って…ざまあない。

 先程の巨人が、両腕をブラブラと回している。あの腕に叩かれたらしい。酷い衝撃だ。

「…可愛くないなぁ」

 そう呟くと、オルセは横に疾駆した。


 第二打。

 再び、砂塵と瓦礫が舞う。


 最悪な攻撃のふたつめを避けて、オルセはひた走った。

 痛みで頭は脳髄まで悲鳴をあげているようで、全身は鉛をまとったように重い。肉体が大地に帰りたがっているようだ。


 慟哭する体を意思でねじ伏せて、無理矢理に剣を振るう。

 先程斬った場所を的確に打つ。玩具の如く、死霊の首が跳ねる、が。


 オルセは愕然とした。感覚が殆んどなかったのだ、つまり、再生したのではない、確実に斬れているのだ。

 勝ち目は、あるのか?

 絶望が先程斬った死霊の首を瞬時に繋げ、オルセに牙をむく。オルセは、赤く染まり始めた視界の中でそれを専断する。


 が、それで再び隙をみせる事となった。

 瞬間、ぴたりとオルセの体は停止した。

「…な!」


 体に、糸のようなものが絡み付いている。それはどんどんと数を増やし、肥大してゆく。

 抵抗するものの、その行為は糸の絡まりを加速させるだけであった。

 バランスを崩し、ついにオルセは、受け身も出来ず転倒した。

 無防備をさらし、オルセは見た。


 糸が、巨人の体から無数に吹き出しているのを。

 そして今まさに、オルセに向かって巨人が両腕を降り下ろす―――!


 ドンッ!


 大地に物質がぶつかり、砕かれる音が、響く。

 だがそれは、オルセの肉体が破壊された音ではなかった。


「助太刀いたします」


 白い長外套がはためく。

 一人の青年が、オルセの目の前に槍を持ち立っていた。

 槍についた竜の杖の紋に、彼が何者かオルセには瞬時に分かった。


 ――聖園護衛隊!?


 刹那、するりとオルセの体が軽くなった。気付くと、横にも同じ装備の青年。

「その身を縛りし悪魔の手綱、我が力に解せよ、締結の焼失!」

 青年の呪文に、オルセに絡まった糸が、熔融された鉄のように光り、綻んだ。


「…器の癒し!」

 次に発動された聖紋で、オルセの傷が塞がり、瞬時に肉体が回復される。その動きは、金騎士時代に聞いていた噂以上に俊敏で適切だった。

「あ、ありがとうございます。あなたがたは…、何故?」

 オルセは立ち上がると、再び剣を強く握り、敵を牽制しながら問うた。


「私の名前はカッキュ、あちらはスィク。我々の主が今、呪文を詠唱しております。それまで敵を押さえましょう。…その前に」

 そう呟くと、カッキュの全身が七色に輝き始めた。

 スィクの体も、同じく。そして、信じられない変貌を遂げた。

「「それでは、行きます!」」

 それは、成人に満たない少女だった。


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