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第十八話

 居間で、ガアプとオルセが寝酒を組み交していた。

「…で、ジジさんに見覚えがあると…」

 オルセの言葉に、静かにガアプが傾く。

「そうだ。何処かで会ったような気がするのだが…だが、思い出せん」


「剣には樹人はいませんし…」

「うむ。樹人は珍しい人種だ。街中か何処かで樹人を見掛けて、それでジジさんに会ったような気がしているだけかもな」

「…樹人は皆、似たような顔をしていますから…案外そうなのかもしれませんね」


 オルセは酒瓶からガアプの盃に酒を注ぎながら、微笑んだ。

 と、そこに、ドタドタという独特の足音と共に、ディノが駆け足で廊下から飛び出した。

「ディノ、まだ寝てないのか。早く寝なさい」

「おじーちゃん、まぜて〜ぇ!一緒にね、ごはんするっ」

「ディノ!」

 ずい、現れたキリアに、ディノは軽々と担がれる。

「全く、目を離すとすぐだね、あんたは」


 キリアの肩の上で、じたばたとディノは抵抗するものの、キリアには意味は無いようだ。

「はなして〜ずるいっ」

 オルセは立ち上がると、キリアにぶらんと垂れ下がったディノの頭を撫でた。

「大人になったら一緒に飲みましょう。」


「くさい〜っや〜っ」

 ディノは、酒臭いオルセの顔を両手で押しやると、鼻を摘んだ。思わず、その仕草に笑みが溢れる。

「ふふ、それじゃ、おやすみなさ………!?」


 それは、あまりに突然の衝撃だった。


 小屋が振動した。刹那の間を置かず響く、バリバリと何かが破壊される、雷に似た音。


「キャアアアア!!」


 アーシェの、悲鳴―――。


 ガアプとオルセは立ち上がり、廊下に飛び出した。

 そのまま、音の源へと土煙を蹴りながらひた走る。

「アーシェ、ルキッ!?」

 ―――闇の中に、血の臭いが凝縮していた。


 男が立っている。

 だが、男はすでに死んでいた。頭がパックリと割れ、中から破壊された脳がみえた。 汚濁の黄色にぬめった目玉がふたつ、獰猛に光っている。


 死霊。


 それも街の人間の死体である。遠隔呪文により、操られているのか。

 その体躯に生えた二本の太い腕が、がっちりとアーシェ、ルキを抱えこんでいる。

 二人とも、気を失っているようで、ぐったりとしていた。


 死霊は、ガアプとオルセに気付くと、素早く踵を返した。

「くっ…!先に行きますっ!」

 オルセは叫ぶように言うと、子供部屋にぱくりと空いた穴から飛び出した。そのまま、死霊を追う。


「何があったんですか…!?」

 ディノを担いだキリアが、子供部屋をみて、はっと息を飲む。

「今、オルセが死霊を追い掛けていった」

「…死霊!?」


 死霊とは、生命が死んだ後の、あってはならない姿の事だ。

 生命は死すると、魂が肉体を離れ星になり、天空で流転することで浄化し、生まれ変わる事が出来るとされている。


 だが、生前の憎悪や怨恨や愛情が強すぎたり、魂操師こんそうしに魂を奪われたりすると、死霊と呼ばれるモノとなる。

 前者の場合は、ただただ燃えるような負の感情に侵され生けるものに危害を加えようとする。


 また、生への執着が底無しの空腹を生み、なりふり構わず生けるものの肉体、そして魂まで食らうのだ。

 だが、近付くと、大抵の生けるものは寒気を感じ存在に気付く。己の魂が、歪んだものの存在に警告を発するからだ。


 後者の場合は、気付かない。魂そのものが術者に操られており、ただの糸引き人形のようなものだからだ。魂はそれに警告を発しないのだ。


 だから人々は年の始めに、生者の守りと呼ばれる魔法陣を、街の周囲を練り歩き、かける。

 それにより、死霊が街に入らないようにするのだ。魔法使いが正式にかける魔法ではないとはいえ、大勢で念をかけるので、効力は普通の魔法使いがかける守護魔法よりもある。


「…そんなっまさか…」


 ――街の中に魂操師がいる。

 しかも、魂操師は街の人間を殺し、術に使ったのだ。間違いなく、ただの人さらいでは無い。


 ――竜の血飲み子を狙っている――


「キリア、すぐにディノをつれて、隣の山を越え、アルベルト平原に、風馬の元へ行きなさい」

「……なっ!」

「風馬は、鎮魂文化を持っている。そこなら安全な筈だ。二人を助けだした後、我々も向かう」

「そんなっ…私も」

 ―――戦います。


 そう言おうとして、キリアはその言葉を飲み込んだ。

 騎士の、金獅子騎士団団長の男の目が、強くキリアを見つめていた。

 ふと、キリアの頭に、あの言葉が浮かんだ。


「剣と、失われた翼に誓いを」


 神と騎士の、あの誓いの言葉が。

「…お前はディノを守るのだ」

 キリアは、その言葉に震えた。

 忘れていた、感覚。自分は、騎士なのだという、紛れもない事実。それが、蘇った。


「はい…!」

 キリアは心臓に右拳をあてて、凛と返答した。

 何が起こったのか分からず、不安そうにしていたディノが、途端に笑顔になる。そして、キリアの真似をした。

 ガアプはそれをみやると、すぐに背にして、オルセの後を追う。キリアもまた、すぐに行動をうつした。


 居間に戻ると、床に片膝をつけ、敷かれた板を押し上げた。

「うわぁー秘密基地?お母さんすごいねぇ〜」

「まぁね」

 地下へ続く石の階段。キリアは床板の扉を閉じて、駆けるように下った。何もない暗がりに、ディノが怖がって胸に顔を埋める温もりが痛いほど感じられる。


 …あぁ、ここを本当に使う日が来るとは。


 そこには、一頭のシンガがいた。

 普段は、家の横に広がる畑を耕す時に使うシンガだった。よく、なぜヒルポポスを使わないのかと言われたものだ。

 全ては、この日の為に。


 キリアは地下室の隅に積まれた藁を崩した。中から長い外套を二つと、大入りの革袋を取りだし、ディノの寝巻きの上に長外套を着せる。

「これからドコ行くの?」

「あんたの友達がいる所だよ」

「おともだち〜?」

 不思議そうに眉をよせるディノを、シンガの鞍橋に乗せると、自身も跨った。


「よろしく頼むよ」

 眠りを邪魔されて荒い鼻息をたてるシンガをなだめるように、その首を擦ると、ディノに腹から覆い被さるようにシンガに捕まる。そして、軽く尻を蹴った。

 途端にシンガは暗闇を疾走した。ぐんぐんと風を切り裂き、視界がだんだん明るくなる。


 月の光。


 その周囲に今夜もまた、星となった魂たちが、円を描き、夜空をさ迷っていた。

 これが、キリアとディノが騎士たちと暮らした、最後の夜となった。





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