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第十七話

 木々が、ざわめいている。

 ジジはガアプ達の姿が見えなくなった頃、正面の道をゆっくりと歩みだした。

 道の向こうから、ゆっくりと近づいてくる三つの影があった。


 影は、橙に染まり始めていた道を、普段子供達が行き帰りに使う道を、静々と足を進めていく。

 ジジもまた、歩みを寄せる。

 …ゆっくりと…

 近付くにつれ、その姿がくっきりと見え始めた。


 三人とも、白い装束で身を隠している。

 フードを深く被り、きりりと締まった口元しか顔は確認できない。

 だがジジは、三人が何者なのか分かっているようだ。立ち止まり、真っ直ぐ彼等を見据える。

 ついに、三人がジジの前に、立つ。


「久しぶりじゃのう、セリス」

「ええ、全く…お久しゅうございます、ジジ」


 年老いた、女の声。

 三人の中心に立つ人物が、深々と頭を下げた。ジジも続く。

 どうやら、長い杖をついた中央の人物―セリスの―が、最も地位が高いようだ。

 斜め後ろの両脇に立つ人物は青年と言って良いほど若く、白い槍を片手に持っているところを見ると、護衛のようである。


「ここではなんじゃから、まぁ汚い家じゃが、入りなさい」

 そう言って、ジジは集団を迎えた。

 三人は、ゆっくりとジジの後について進んでゆく。

 護衛らしき青年は二人とも、ひどく緊張しているようだ。同じく、セリスも。

 ジジの言動に神経を行き渡らせているという事が、端からみても分かる。

 三人はゆっくりとジジの後について、玄関、廊下と渡る。通されたのは、客間であった。


「さて、お茶をいれますかな。よいヒマワリ茶が…」

 客人に対し、にこにこと微笑むジジに、セリスは首を左右にふった。

「いいえ、結構です。それより…」


 ―――意を決するように。


「お迎えにまいりました」

 セリスは、よく通る声で、ジジの背に言った。

「はて、何の事じゃろうか…」

「お迎えに、まいりました」

 今度は更に、ハッキリとした口調だった。

「分かっているでしょう、ジジ。あなたは選ばれたのです。それに…あなた以外にはいないのですよ。」

 すがるような口ぶりだ。ジジは溜め息をつくと、振り返った。顔の皺が目立つ。

「わしの代わりはいくらでも」

「―おりません。あなた以外には。あなたは…」


 セリスの目がフードの隙間からちらりと見えた。強い、目。

「あなたは、ただ一人、」

 そう、ただ一人

「イェズガルドの名を受け、そして―――」


 聖王になるお方です―――


「…聖王、のぅ…」

 ジジは床に目線を移動しながら、途端に嘲笑した。

「…女皇帝レマの教育係が聖王、とな…」

 セリスは小さく、関係ありませんと答えた。それに素早く、ジジは首を振る。


「…関係はあろう。もし、レマが悪政を行おうとした時は、どうなる?わしはその芽を摘めるじゃろうか?」

「あなたなら出来ます。あなたは本当の意味でレマ様を教え子として愛していらっしゃる」

 凛と背を伸ばし語るセリスに、ジジはその水晶のような目をやった。


「何故そんな事がいえるのじゃ?どうしてわしが、悪政を行うような者を育てたと言う汚点を隠そうとはしないと。聖王という権力の椅子にしがみつく事なく、正しく事が行えると、どうして言えるのじゃ?」

 セリスは、睨んだ。

「わたしはあなたの妻ですよ。」

 ずいと顔を近付ける。その目は、まるで鉄を錬金する槌、女傑の目である。

「自分の役目の大きさにうろたえて聖園と妻から逃げるような腰抜と赤縄を結んでも、耄碌の挙句、そんなつまらぬ事をやらかすような愚か者を夫になどしません。聖園管理人セリス・ビンセントを舐めないで頂きたい」


 ジジはうつ向き陰にセリスをチラリと見た。

 何か言おうとして…だが言えないようである。その姿に、更にセリスは語る。

「あなたの妻としての私は、あなたなどどうでも良いのです。ですが、聖園管理人として私は伝えたい。――聖園はあなたを選びました、国もまた、あなたを選びました。あなた以外の、何者でも無いのですよ」

 そこでジジは、溜め息を吐いた。


「…もう一度、考えさせてくれんか」





 空がじわりじわりと、東から暗闇に侵食されてゆく。

 桃と漆黒と紫が、雲に融解し風に流れてゆく。

 夜になると、エドガーは、不思議な活気で充ち溢れる。

 朝にも昼にも無い、静かに燃えるような活気だ。露店が並び、街道には人が溢れる。

 ドラグノア各地から集まった珍品、芸術品、中には販売が制限されている筈のものまで、太陽を失った月の影に乱雑に並ぶ。


 月が美しい年頃の娘のように輝く時、この街は、言わずとしれた闇市と化すのだ。


 これは旧王国時代に、獣魔の商人達が、ヒュームに隠れて市を開いていた事を発端にする。ならず者の街エドガーの、艶のあるもう一つの顔だ。


 そして。

 街の最も高い建物の屋上に、一つの人影があった。長いマントが突風に扇がれ、はためく。


「…竜の、血飲み子…」


 その呟きに気付く者は、誰もいない。


 梟がホゥーホゥーとまのびした歌を、雲の少ない夜に響かせている。

 囁きはとても遠く、月にでも向けているようだ。


 ディノ、アーシェ、ルキの三人は川の字に、ベットに横になっていた。

 布団を頭から被り、その隙間から窓に浮かぶ月を、僅かに見上げながら。小さく、今日の出来事を囁きながら。


 と、突然、三人の真ん中で、うとうとしていたディノがむくりと起き上がった。

「おしっこー」

「…さっき行ったじゃない」

「おしっこ、行こ〜?」

「一人で行けよ」

 眠りの甘さが少し降りてきている二人は、ベットから離れたくないので、ディノにとてもそっけない。


「ねぇ、行〜こ〜!」

 ディノはベットの上をピョコピョコ跳ねた。子供用の樹で作られたベットが、ガタガタ音を鳴らす。

 二人は完全に無視をしていたのだが、ついにあの人が反応したようである。


「ガタガタうるさい!さっさと寝なさいっ何時だと思ってるっ」


 子供部屋の扉を、バタン、とキリアが開いた。アーシェとルキはすかさず狸寝入りをしたので、ぽつんとディノだけ睨まれる。

「おかーさん、おしっこー」

「…はいはい」

 キリアはベットに近付くと、ひょいとディノを抱え上げると、そのまま反転して扉に向かう。そして。

「あんた達も、さっさと寝なさい!」

 パタン、と扉を閉めた。


 …狸寝入りはバレバレだったようである。

 二人は顔を見合わせると、布団から素早く顔をだした。クスクスと忍び笑いをする。眠気は、どうやら今ので吹っ飛んでしまったようだ。


 ルキは立ち上がると、音をなるべくたてないように、ゆっくりベットの前にある窓を開けた。

 ふわりと冷たい風がカーテンを押しやる。夜の光に照らされて、それは、踊る死霊のスカートのように揺らめいた。


 アーシェはというと、ベットの間から小さな熊の形をした木彫の箱をとりだした。パカリと熊を割ると、中からナッツを摘む。それを、外の窓枠に丁寧に並べてゆく。魔法の紋様でも、密かに象るように。


 そして、窓は閉められた。


 小さな夜の恐怖と、小さな夜の興奮の中、二人は布団の中にちぢこまる。視線は、窓の外。

 二人は、息を殺して待った。


 暫くすると、遠くの木々がわさわさと揺れる音がした。風ではない、生き物の出す、音。

 ひゅん、と、それは華麗に風を切った。

 森の風馬と呼ばれる、蝙蝠のような翼が生えた小さな羽リス。

 羽リスは、窓枠に着陸すると、端から器用にナッツを拾い始めた。


 この羽リスは、二人が毎晩、窓際にナッツを置いて、最近になって漸く来るようになった夜のお客である。


 羽リスは遠慮なく、次から次へと頬袋にナッツを詰め込み、モソモソと口を動かした。最後の一個に手をのばした手は、だがナッツを胸に抱えるだけである。


「この子、九個が限界みたい」

 アーシェの呟き。

「十、食べれたら区切りがいいのになぁ」

 ルキの呟き。

 羽リスは、窓の側でそんな観察をされているとは露知らず、ひたすらガシガシとナッツを歯で削っていた。

 ふと、再び遠くの木々がざわめいた。羽リスが、途端に痙攣するように立ち上がる。

「…あれ?仲間でも来たのかな?」

 ルキは布団からノソリと出ると、羽リスに気付かれないよう注意を払いながら窓の外を見た。


 羽リスは、震えていた。

 そして、

 突然、消えた。




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