第十五話
街の外れの、沼の横。
樹で出来た、というよりも大きな樹の中に、そのまま人が住み始めたような家。
魔法の臭いが立ち込める、そこは魔法使いジジの家ーーー。
「…でね、おじいちゃんったらさ、昨日ずっと同じこと言ったのっずっとよ、きっと一時間くらい!」
「お前たち、そんな卑怯なことをしていると堕落の道を歩き、しまいには…だって!」
アーシェの憤慨の側で、ルキがガアプの真似を交え乍ら状況を訴える。
「君達のおじいさんは正しいよ、とってもね」
「ジジはおじいちゃんの味方するのね?」
ジジ、と呼ばれた初老の樹の魔人は、フフフと笑うと、「大人になったら分かるじゃろうよ」と言って、片手に持っていた試験管に呪文を唱えた。
試験管は緑色のゲップをすると、七色に光輝き始めた。
「ジー、なに?」
ディノの質問に、ジジはニコリと微笑むと、机に乗る燭台の火をひとつ残して吹き消した。
たったひとつの小さな光源のみ。部屋には、子ども三人の真っ赤な目が六つ、そしてジジの樹の窪みに水晶をはめたような目が二つ、そして七色に輝く試験管一つしか見えない。
「この試験管にはある魔法気流が流れとる。ここに魔法植物の種を入れる…」
ジジの指先の小瓶から試験管へと種が落ちる。
すると、途端に種は芽をだした。
「これはなんの魔法気流か?」
ジジの問いに、ルキが素早く、土!と言った。ジジが左右に首を振る。
「種には魂が入っとる。この種という状態の時、魂が欲するのは…」
「…水!土は、魂が肉体を種から芽に変えてから必要なの」
「ご名答!」
アーシェの答えにジジはニンマリと笑うと、試験管に土の魔法気流を送り込んだ。
「さて、これはなんの植物になるかのう…」
そういうと、ジジは試験管を試験管立てに置いた。蝋燭に火をともす。
「それは、時間と、この植物の体と魂、そして魔法の流れが教えてくれる…」
試験管の中の植物は、豊かな茶色をしていた。
「ジジみたいになる?」
ディノがジジに問う。
「…時間をかけて魔法を蓄積し、そして他の生命が接することで魂を少し分け与え、その魂に引き付けられ、魂と魂の核である星が降ったら、もしかしたら実に樹の魔人が生るかもしれんがのぅ。」
ジジの答えに、三人ともつぶれたような顔をした。
「なんだかとっても難しいね、世界の仕組みって」
ジジはルキの言葉に、
「…だからこそ人々は、学び、探すのじゃよ」
そう言って微笑んだ。
ぐつぐつとスープが煮立つ。キリアがスープを執拗な程、掻き混ぜている。
「…ですから、そのジジというのはですね…」
キリアはジジの事を非難しているようだ。その言い方はぐつぐつと煮立つスープに酷似しており、何処か笑いを誘う。
小言を聞きながら、ガアプとオルセは茶をすすっていた。
「…でもまあ、悪い人ではないよ。沼に結界を張ってくれたし、正直、良い託児所になってるし」
オルセがやんわりと言うと、キリアが振り替えった。
「あの子達は竜の血飲み子なんだよっ命を狙われているかもしれないんだっ」
「…ああ、私もな」
ガアプの言葉に、キリアが二人をじっと見る。何か言いたげに、けれど背を向け、スープに向かう。
ガアプと血飲み子の命を狙う者の正体は分かっていない。三年もその陰に脅えている。きっと、これからも。
全く音沙汰が無く、過去の出来事が嘘のように思えていても、警戒は常に心の中にある。
だが、自分達が生きていく為には働く事が必要だ。それが、酷い緊張を生んでいる。
「正直、ジジの存在には助かってます。彼は、沼に精神力が特に鍛えられた元騎士の私でも近付けない結界を張れるほどの力の持ち主です。その彼が、一定時間こどもたちを保護してくれている。とても力強いですよ」
キリアには、否定できなかった。
だが、それでも小言は何処からか知らないが湧いてくる。
「…力がそんなにある魔法使いがこんな街で蛙なんかを飼って生活してるのが、そもそもおかしいんですよ。しかもモグリでしょう」
それは、キリアの勝手な考えであり解釈である。力ある魔法使いが低階級の街にいる事がおかしいとは限らないし、魔法を学校で学んだ、或いは教えた経験がないとも言えない。
ようは、焼きもちなのだ。
子どもの面倒を取られて、キリアは無意識に嫉妬を抱いているのである。
それに、彼は魔法使いだという。キリアも一応、魔法を学んでいた者だ。自分だって子どもに魔法を教えられる、そんな闘争心もあるのだろう。
…と、ガアプとオルセの二人はそんな事を考えていたが、口にするとキリアが今度は憤慨しそうなので黙っていた。
「…きっと、ろくな奴じゃないよっ!」
ついに荒く言葉を吐き出す。キリアは首元まで赤くなっていた。
仕方ない。
ガアプは少し考え、そして言葉をついだ。
「ならば、今日は私が子ども達の迎えに行こう。ろくな奴じゃないかどうか、一度会ってみよう」