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第十三話

 ざわめく風馬の人々に「あとで説明する」と言うと、すぐさまキリアは自身のテントに二人を導いた。

テントではキリアの夫のキリコが食材を切っていた。

 外からの音に状況を理解していたのか、ディノを挨拶がわりに寡黙に叩き、アーシェに礼をすると、そのままユズを引きずって外に出ていってしまった。


 キリアは、ディノとアーシェをテントの中央にある円卓の回りに座させると、水を入れた椀を円卓にふたつ置き、自身も腰を下ろした。

「さて、随分といきなりだが…ああ、いったい何から話せばいいのかね…あまりにも色々な事が…」

 そして、宙をほんのすこし仰ぎみた。




 あの日、十四年前、神が私の前で自ら命を絶った日。


「…キリア。私の名前はキリアというんだよ」

 オルセの両肩に、三人の背後にある、遠のいていく自分達の育った場所をただただ見つめながら、しがみついている二人の子供に、キリアは優しく言った。

 赤ん坊は、キリアの腕の中でスヤスヤ眠っている。


「…」

 右肩の女の子は、ただめそめそと泣いている。

 左肩の男の子は、決心しているようにジッとキリアに目を合わせた。


 洞窟を出る前に、爆破の魔法陣をいくつか神殿に敷き、離れてから呪文をつむいで発動させた。

 洞窟も、神殿も、とうに崩れてしまったはずだ。神竜と共に。


 背後にそびえる山脈は、二人の、そしてキリアが抱いている赤ん坊の育ての親の墓標だ。その事実を、この小さな体で受け止めようとしているのか。


 …この私でさえ、竜を殺して、あまつさえ、名を捨てるという命を飲み込むのに、何日もかかったというのに。


 事実、登山の最中ずっと自問自問していた。

 何故、騎士団長の為に自分まで名を捨てなければならないのか。

 騎士試験、獅子の牙、あれらの辛い試験を越える為に、故郷・風馬から出て、必死に努力した。

 金獅子に入り、魔法騎士として、故郷に届くほどの名をあげた。


 金獅子では、団長ガアプ、騎士オルセ、騎士パピコ、彼等についでの力を持っていた。四元素を操る魔法で四天のキリアと呼ばれた。


 その名を捨てろと、言われた。


 実力がある他のものは選ばれなかった。後で気付いたが、キリアもオルセも、独り身だ。


 洞窟に着いた時は逃げ出したいと体が訴えていた。今なら、逃げられると。

 …何故、私は逃げなかったのだろう。オルセ、何故お前は逃げなかった?

 両の腕に支えられる、赤ん坊の顔を見つめる。

 挙げ句、子どもを背負って、神の命さえ狙うという正体の分からないものから、逃げ続ける運命をも背負わされた。


 《神竜に導かれた》


 本当に、そうか?

 分からない。

 これから私たちは、どうなってしまうのだろう。

 心臓を鷲捕まれているような暗い感覚に、めまいを感じているキリアの耳に、風が囁いた。いや、風ではなく、かすれるような少女の声だった。


「…ァ、…シェ」

「え?」

 突然に現れる、真紅の月のような、目だ。

「…アーシェ」

 ああ、この子の?

「…ルキ。隣は、ルキ。あとね、ディノ」

 そう。

「…私はキリア。」


 手をのばした。ああ、なんて小さい手なんだろう?


「あんたたち、よろしくね」




 逃れるように、流れるように。私たちはある街に向かった。


 国籍不明のものや、力しか取り柄がないもの、行き場のないもの、家出人、娼婦、盗人…。様々な人種が、集まるエアドラドのさいたる形のような街。まるで食材をレシピを見ずに鍋に詰め込んで混ぜたような…。


 木は森へ、人は人混みの中へ。命を狙われている人間が隠れるには、丁度いい場所だったよ。


 ―――三年後。

 ならず物の街、エドガー。


 その街の外れの裏山の、小さな家に、雷が落ちた。


「どうやったらそんなに泥だらけの傷だらけになれるんだい!」

 キリアの怒鳴り声に、一斉に二人は間にたつ子供を指差した。

「「ディノが悪い!!」」

 指をさされた子どもは、一番泥をかぶりながらヘラヘラと笑っている。


「信じらんないのっディノったらジジの沼に入ったのっ」

 女の子が半泣きで訴える。

「うんうん、アーシェの言う通り、あと少しでマギフロッグに食べられる所だった」

 男の子がウンウンと相槌をうつ。


 ジジの沼とは、街の外れの魔法使いの老人ジジが魔物を育てている沼の事である。

 マギフロッグは、人間の背丈ほどの肉食魔蛙だ。

「―あぁそうか、またジジの所に魔法を習いに行ってたんだね」

 ギクリと二人が目を丸くする。ディノだけクスクスと嬉しそうにしている。


「あれほどあそこには行くなと言ったろう!駄目!禁止!一週間外出禁止〜!」


 外出禁止という言葉に、一瞬固まって、すぐに三人の子ども達が喚き出した。

 ピーチクパーチクの抗議の大合唱と一緒に、三人の体にべったりとついた泥がダンスをするように部屋に飛び散る。

 耳を押さえながら、ついにキリアは我慢の限界をこえた。

「えぇい、うるさい!ルキ、アーシェ、ディノ!さっさと風呂で泥を落としてくるっ命令だよっ」


 三人はすぐさま玄関から外に駆け出した。キリアもそれを追っていく。

 走りながらポイポイと泥付きの服を脱いでいく、三人の器用さに呆れながら、次々服を掴む。

 家の裏手にある風呂に飛込むと、またざわめきだした。

「水ー水ー」

「きゃあ冷たいっ」

「母さん、氷水?コレ!」


 溜め息をつくと、キリアは呪文を詠唱した。途端に、水は湯気をたてる。三人が、漸く黙った。

 さっきの元気はどこへ行ったのか、と心底キリアは不思議に思った。


 …いつまでも、飽きないもんだね。

 三年前の不安が嘘のような生活がある。何もなく、日々が過ぎていく。

 あの出来事が、夢のように。


 キリアが過去を朧気に見ていると、庭の脇にある深い森がユサユサと揺れた。

 現れたのは、これまた泥に塗みれたオルセであった。


「…おとーさん、泥んこー!」

 ディノが嬉しそうに奇声をあげる。ルキとアーシェは必死に笑いを堪えている。


「蛙さんと喧嘩をしました…」

 オルセが両手をあげると、服の裾から泥が滝のように落ちた。

 それを見て、子ども達は堪らず吹き出し、一斉に笑い始めた。

「アンタってヤツは…」

 あきれて物も言えないという顔をして、キリアは自身の眉間を抓んだ。


 最近はいつもこうである。子ども達と散歩に行き、子ども達に巧くまかれて置き去りにされ、危険地帯に遊びに行く子ども達を追い掛けては、このような目にあって帰ってくるのだ。

 すっかり子どもの玩具である。


(これが三年前、金獅子だったなんて言っても誰も信じないだろうね)


「こども達があがったらアンタも風呂に入るんだよ」

 キリアは溜め息混じりにそう言うと、小屋の裏口に向かった。

「今日の晩御飯なーにー?」

 背にかけられた言葉に、キリアは顔だけ振り向くと、「蛙以外だよ」と言って、裏口の戸を開けた。



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