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第十二話

 ゆっくりと太陽が地平に沈んでゆく。大地が火の粉をあげるかのように、暮れる日の色に染まっていくのを、獣の骨と皮、僅かな木で組み立てられた高い見張り台の上で、じぃっと見つめる青年と少女がいる。

二人とも黒い牛皮の衣服を纏っていた。


「ユズ、もう日が沈む。帰れ」

「ヤ。綺麗なんだもん」


 ユズと呼ばれた少女は、青年に大きく首を振ってみせると、すぐに地平へと視線を戻した。

「毎日見て、よくもまあ飽きないものだ」

 青年は呆れるように呟く。

 それもそうだ。東西南北、集落を囲むように立つ見張り台から見る晴れた夕焼けは、いつも同じ色をしている。


 それを毎日飽きずに見に来るユズは、すこし変わり者かもしれない。

 彼女の目には、毎日違う色に見えるのだという。しかも、彼女が見つめるのは東。ここは東の見張り台であり、太陽が沈む西とは真逆の景色に彼女はみとれているのだ。


 なんとも稀有な事だ。

 青年には、いくら見ても、たそがれどきは変わらぬ色に見える。狩りや訓練などで忙しくなった時など、ふぃに見た夕焼けに心を奪われることはある。


 だがそれは、多忙な日々にその色を忘れていた時に限る。

 しかも、青年が心捕われるのは夕日の輝きであり、のびた光の矢が差し込む大地や夜の混じり始めた空ではない。


 そんなふうに、青年がボンヤリと考えていると、ユズが突然、弾けるような声を出した。


「何かがこっちに来る!」

 ユズの一言に、青年は大きく見張り台の柵から乗り出して、ユズの指差す方を見た。


 金の草原を駆け抜け、確かにこちらに向かってくる黒い影。

 青年は首にかけた望遠鏡を手に取り、除いてみるも、光の反射の為に何なのか分からない。物凄いスピードで近付いてきているようだ。


「シンガだ。シンガに誰かが乗ってる!」


 ユズは興奮していた。

 流浪の民の集落を目指す者など珍しい。遊牧の友シンガを連れている。敵ではないようだ。


 ああ、あれは…。


 青年は乱暴に見張り台についている鐘をうちならした。

 呼応するように、鐘の音を北、西、南の見張り台の鐘がうちならされる。


 各見張り台に三つある、敵、客、家の鐘。そのひとつ、家の鐘の音が、橙に柔らかな黒い影をのばす集落を、優しく包んでいった。


 慣れないシンバの背にしがみつきながら、うつ向いてアーシェは大声を出した。口に疾風が入る。


「ディノ、そろそろ休みませんか?もう夕刻ですよ!」

「もうちょっとで着くって!大丈夫大丈夫!」


 シンバは小さな跳躍を繰り返すように走る。黒い影が大きく伸び、より勇ましく感じられた。ふと、その影の足取りが緩やかになる。


「見ろ、あれが風馬達の集落だ!」


 その言葉に直ぐ様アーシェは、顔をあげた。

 地平に沈みゆく夕日の輝きが、もう一筋の光の線のように見える。逆光の中に、巨人の家族がテーブルを囲んでいるような固まりがあった。

 巨人はどんどんと背を伸ばし、怪物のようになった頃、ようやく全貌が窺えた。


 それは骨や木や土、様々なものから作られた高い壁だった。

 一見、鳥の巣のように乱雑に積み上げられたそれらは、よく見るととても精巧に出来ているのだと分かる。

 その壁から、四本の塔のようなものが顔を出していた。遠く火竜山脈から吹き降りてくる力強い風に軋み揺れている。


 皇都シオンではけして見られないだろう建造物に、みとれていると、突然アーシェの耳を高い金の音が襲った。


「これは!?」

「`客´の鐘だ!!」


 銅で出来ているのか、まるで耳元でならされているようだ。

 パッと二人を乗せたシンバが暗がりに囲まれた。建物の影に入ったようだ。壁がずんずんと迫る。


「ディノ、ぶつかります!」

 アーシェの悲鳴に似た声に気付かないように、ディノはどんどんシンバを加速させてゆく。


「ディノ、ディノ!キャア!」


 アーシェは薄く目を閉じた。

 ぶつかるーーー。

 瞬間、フッと体が壁をすり抜けた。いや、壁が直前に口を開いた。

 そのままゆっくり、やがてストンとシンバは足をとめた。


 アーシェは恐る恐る目を開くと、周囲を見渡した。

 壁の内側。人の二倍の背丈ほどの半球のテントが不規則に並んでいる。

 そのテントから、ひとりまたひとりと早足で出て、二人を囲むように集まってくる。ざわざわと祭りに集まるように。みな、ディノと似たファーのついた黒い革製を着ている。また、口元を黒いきれで覆っている。


「あーディノだディノ」

「嫁つれて帰ってきてるわー」


 ぼんやりとした気が抜けた驚き顔で、風馬の者たちがまったり騒ぐ。

 穏やかな人種のようだ。まるで珍種の生き物のように二人を歓迎、もとい観察している。


「山!」

 突然、はっきりと大きく、女性の声がした。

「マジで?まだやってんの」


「何いってるんだ、伝統だよっ?アンタはホント天邪鬼だね」

「はいはい、合言葉ですね、か〜わ〜」

「はい、よくできました」


 人混みからズンズンと女性と少女が出てきた。少女がすぐさまディノに飛び付く。


「おかえんなさい!」

「おぅ、ただいまだ、ユズ」

 ユズと呼ばれた少女が弾けるように笑う。

「ディノが女の人つれてきた!」

「まったく、おかしな話だね」


 ユズと共に出てきた女性が微笑んだ。少し獣人が混ざった容貌の、明るい笑みだ。

「本当に嫁かい?やだね、この子は」

「嫁じゃないって!仕事の雇い主で、アーシェっていうんだ」

 ディノは周囲のみなに聞こえるような声を付けてアーシェに向いた。


 …なんとも様子が変だ。照れたような、困ったような、驚いたような。アーシェがやけにもじもじしている。


「どうした、アーシェ?…まさか嫁に来たいのか!?」

「いいえ!そぅじゃなくて、あの…」

 もじもじと人みしりの激しい子供のような様子のアーシェに、突然、女性が大声を出した。


「アーシェ、だって!?」


 ずい、とアーシェに近付く。アーシェは、じっと目を合わされて、やがて観念したような顔で軽くお辞儀をした。


「…お久しぶりです」

「やっぱりかいっ!」

「し、知り合い!?」

 仰天するディノに、女性があきれたように苦笑した。

「なにが雇い主だよ、覚えてないのかい?やっぱり頭が悪いんだね」

「なになに〜?」

 ディノの腕に全身をまかせるように揺れるユズが跳ねる。


「…あんたは知らなくて当然だね。わたしは僅かな大人のほかには誰にも言ったことがないからね」


 女性はディノをこづくと、アーシェに向き直った。

「元気だったかい?」

 女性の微笑みに緊張をほぐされ、アーシェはハッキリと答えた。

「はい、…キリア母さん」



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