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第十話

 地上が微かに輝いている。

 肉の器の破壊に耐えかねた魂が星となり空を巡るため、ひとつまたひとつと上昇してゆく。


 人々の口の隙間から僅かな風となり、振動は地に落ちた雨のように沈んでゆく。

 鎮魂歌。

 それを歌いながら、戦士は獣の体を解体し肉や内臓に塩をまき或いは煙で焙る。食料となるのだ。


 人は剥いだ獣の皮を叩き、撫でる。

 牙や爪などを磨ぐ。

 衣類や剣や装飾品となるのだ。


 人々のナイフや箒などの道具の奏でる音が、歌が、夜に染み入る終りの頃、その蹄はやってきた。騎士だった。


「どうどう」

 土埃をあげて馬を停止させ次々と地に足をつけてゆく。

 黒い鎧の騎士が一人、他の四人は緑。なんとも場違いな色合いだ。


「おいおいっヘッポコどもがやって来たゾ!」

「のろまなロバが馬に乗ってやって来た!」

 戦士達の笑いが沸く。怒りを隠す、叩き付ける為の笑い方だ。


 緑の騎士達が震えている。恥ずかしいのか、誇りを傷つけられて耐えられないのか。だが、悪態を浴びせられて当然だった。

 のろしをあげてから二時間はゆうに過ぎていた。はっきり言うと、普通は死んでいる。彼等は間違い無く死体を確認するつもりだったろう。


黒騎士が兜を外して辺りを見渡す。その表情は驚愕であるのは無理もない。彼等の前で人々が始末しているのは、力に自信ある者達を切り刻み食らい、彼等が何度も取り逃がしていた大熊の魔物ダークベアである。


「驚いた。素晴らしい勇者達がいたようだな。」

 中年の黒騎士の素直で柔らかな言葉に、戦士達がにやりと笑う。そこに、跳ねるように商人の長ロッゾがやってきた。


「はじめまして、私ロッゾと申します。いらっしゃいませ騎士様、お買い物ですか?」

 騎士のおおらかな性格を読み取って、明らかに酷い洒落を付け加えてのロッゾの陽気な登場に、騎士は微笑んだ。


「私はゼルダ街道第五区間騎士隊隊長カズン。鎮魂歌を買いに来たよ。…その様子だと、死人も怪我人もいないようだな、なんと凄い者達を護衛にしているようだな」

「ええ。ラルシェムの戦士達は皆、屈強です」

「…そういじめないでくれ。よかったら戦士達の長と会わせてくれないだろうか。素晴らしい戦士達をまとめる者をこの目で見てみたい。それと専属の魔法使いと」


 カズンはどうやら戦士達の殆んど傷のない様子から魔法使いの存在に気付いたようだ。

 ロッゾはカズンの賢さに嬉しくなって、すぐさまバンシャとアーシェ、ディノを呼んだ。


「戦士団長バンシャです。こっちはディノ。そして魔法を使いました、アーシェ」

 バンシャに握手を交すと、黒騎士は頭をひとつ下げた。

「私は街道守りのカズンです。遅れてしまいお力添え出来なかった事を謝罪すると共に、貴方方の力に敬意を表したい。」


 そして再び一礼した。騎士にしてはあまりに腰が低い男にバンシャは戸惑い、ああ、うんと照れ臭そうに漏らす。


「所で、」

 カズンがふいに騎士らしい表情でアーシェを見つめ、跪いた。

「聖なる者にこんな辺境で会えるとは思いませんでした。その上、貴方様はアーシェ嬢だといいます」

「私を知っていらっしゃるの」

「ルキという騎士からかねがね」

「ルキは騎士となったのですか」

 驚きのあまり、アーシェは口元を押さえた。


「アーシェ、こいつと知り合い?」

「私はアーシェ様の兄上の元教師でございます」

「えぇ!」

 三人の中でアーシェが最も驚いている。


「以前、剣の士官学校で教員を勤めておりました。アーシェ様、あの方は異例の早さで御卒業後、王国騎士試験どころか金獅子団の試験に王国史上最年少で合格し、今は金獅子の騎士でございます」


「金獅子…」


 金獅子団とは、王専属の護衛騎士団である。普通の騎士でさえ、剣で岩を斬れるほどの腕を持たなければなれない。

 金獅子団に入るには、年に一度開催される王国騎士大会の上位三位に入り、獅子の牙と呼ばれる試験に合格しなければなれない。腕だけでなく精神も屈強で頭もキレなければ。


「ふぇぇ、アーシェのにいちゃん天才?」

「ただの天才ではありません。百年に一度、いや五百年に一度の天才でございます」

 立ち上がって興奮するように声を出すカズンの目の前で、アーシェの頬が赤くなる。嬉しさが花開く。

「ルキは、兄はお元気なのですね?」

どうやら、兄の素晴らしい経歴よりも体調が気になっていたらしい様子に、カズンは目を丸くした。

「えぇ、お元気ですよ」

「…よかった」


 まったく自分の生徒が優秀であるという興奮が空回ってしまったカズンは、アーシェの林檎のような頬より顔を赤くした。


「それより騎士さん、酒でも飲んでいかないか。いい肉が入ったんだよ」

 バンシャが恥ずかしそうにうつ向くカズンに助け舟を出す。カズンは首を振ると、「今からすぐに砦に報告をし、見回りを強化するので、お心だけいただきます。ありがとう」と微笑んだ。

 そして、踵を返し立ち去った。


 隊商が街道を下る。ヒルポポスに引かれ、ゆっくり荷車はディノとアーシェを乗せ進んでゆく。


「ですから、会場は大盛り上がりで…」

 カズンが興奮しながら、大会でのアーシェの兄の活躍を語る。アーシェがうきうきと聞きいっている。

 ディノは空を見ながらカズンの話を聞きながしていた。カズンが同行するようになってから、ずっとアーシェの兄のルキという人が会話の種となっている。


 最初は興味があったディノだったが、えんえん続く顔も知らない人物の華々しい経歴の話に、もう飽々していた。


カズン達は隊商を端まで誘導、警護してくれるらしい。

 戦士達は魔物達との戦いで疲れきっていたから、それを受け入れたのだった。


 ディノだけ、正直、気が進まないでいた。

 ルキという金獅子のせいではない。何だかよく分からないが、騎士の鎧を見ていると胃がむかついてくるのだ。

 力がない癖に偉そうな騎士にばかり会ってきたからかもしれない。カズンはいい男ではあるが、やはり騎士だ。


 荷車に合わせ横に並んで騎士達が進む。軽快な蹄の音が音楽のように大地を蹴ってゆく。


「おー、竜と平原が見えるゾ」誰かの感嘆の声に、ディノ達は首をあげた。

 隊商の前方、遥か遠くに、ゼルダ街道の入り口と同じく二頭の竜の像が、背景に女の腹のような、なだらかな草原を広げ、陽炎に僅かに捩られ佇んでいる。


「これがアベドルト平原ですか。地平線が緑色ですね」

「ああ、この国で、いや東の国々の中で最も大きな平原だ」


 隊商が街道の端に立ったのは正午の事であった。

 カズンと部下の騎士達は隊商が竜の像を横切るのを確認すると、馬を街道に向け、もと来た道を優雅に帰っていった。


 街道の端には、無事に街道を渡り終えた者、これから街道を渡る者が作った多くのテントと、旅人のための小さな村がある。

 隊商はそこで一時休み、日が暮れる前に平原の脇のカンシェという都市に入る予定だ。隊商とも、ここで分かれる事となる。


「いやはや、色々ありましたねぇ。本当にありがとうございました。あなた方のお力がなければ、今頃熊の餌です」

 ロッゾがケラケラと笑いながらディノとアーシェに頭を下げる。

「お互い様だよ」

 ディノの言葉に、アーシェが頷いた。

「いえいえ、契約以上の警護をしてもらったと思ってますよ。そこで、お礼としてですが」


 そう言うと、ロッゾは両手に布に巻かれた何かを持ってきた。受け取ると、軽い。それは、あの熊の爪だった。


「うわ、いいの、貰っちゃって!」

 あの大熊の爪。堅く、鋭く、そのくせ羽のように軽い。武器に加工すればかなりの品になる。

「頂けません!」

 アーシェが戸惑ったように答える端で、ディノがいかにももったいなさそうな顔をした。

 二人の顔を交互に見ると、ロッゾは熊の爪に手を置いて更にディノに強く押す。


「いやいや。貰ってくださいな。気持ち、ってヤツですし」

 ロッゾがにんまりと笑う。

「アーシェ、貰っておこう、悪いし」

アーシェはディノの言葉を受けると、両手に熊の爪を大事そうに抱え、深々と頭を下げた。

 過大なお礼が、本当に申し訳なさそうなアーシェの表情に、ディノは心の中で、この男は聖なる者と金獅子の騎士に恩を売りたいだけだよ、と呟いた。


 ロッゾ、バンシャ達に別れを告げ、二人はアベドルト平原へと足を向ける。

 平原は地平を金に染め、なだらかに線を描いている。広大すぎるのだ。


「ディノ、装備などは揃えなくてもよいのですか」

 なにもない、ただ緑の草が覆う平原を見据えてアーシェは言った。

 ディノは、自分より少し背の高いアーシェを横目に見ると、だいじょーぶだいじょーぶ、と首を上下に振る。

 アーシェは小さな疑問を胸に抱きながらも、ディノの横に添うように歩き出した。


 青い空が、どこまでも伸びていた。




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