雑恋愛
中鈴高校、いつもの一日。お昼時になると職員室の通り廊下に昇降口、それから多分職員玄関のあたりなんかもよく賑わっている。
「…で、この定理は──」
そこにロマン?ロマンスがあるんだとか。記憶が正しければ、シニアーのぶこも、そんなドキドキを追っている。
「のぶこー他クラスもう終わってない??」
「チャイム、チャイム鳴ってます のぶこちゃーん」
授業はまだ終わっていないけれど女子たちの関心は、騒がしくなり始めた廊下へと。俺は、愛らしくも競争に鈍感なのぶこへと、関心を向けた。
残酷な現実…今になってようやく気づいて、ちょっと落ち込んでいるのが見て取れる。きっとのぶこは今日も公衆電話を利用できないのだろう。あぁ不器用なのぶこ、あぁのぶこ──
「…石屋正治君、あなたそっちだったの?」
「……へへ、へ…」
「…曖昧ね。」
授業終了後、俺は野木姫喜と教室で昼食を共にしていた…けれど、こんな機会は正直かなり珍しい。
「居た堪れない?」
居た堪れない。
「い…いや、そこまでは…」
「そ、なら早いうちに去るわね。」
そんな誰かとの昼食は10秒で終わる。…ちょっと気にしてる。
いや、かなり結構…後悔している。
◆
廊下には長蛇の列ができあがっていた。
そして俺と同じように、探していた人物も偵察にきているのを発見する。
「……」
鳴らない青春を謳歌している同類であって、敵対心があるわけではない。けれど、事情が事情のため、お互いに仕方がないのだ。
よし、状況を整理しよう。
名前は、知らない。よって、彼は今からやまとなでしこ。見た目からそんな雰囲気が出ている。
やまとなでしこ、彼は公衆電話を巧みに操る早打ちの名手たちから学びを得ている真っ只中。
だがしかし、何も懸念はない。なぜなら、見て学ぼうなどというのは浅はかな考えなのだ。
「……」
やまとなでしこ君も、何でかは知らんがこれの知識がなく、かといって誰かに頼む勇気はない。…ふっ、思考回路までも似通っているとはまさしく同類。
やまとなでしこ君の目的は、メッセージの送信であって、そのためには打ち方や暗号を知らなければならない。となると、ここは仕切り直しか?次は放課後だろうが……相手は一体どう出てくるか。無謀な挑戦を続けるか、本屋に──
「すみません。メッセージの打ち方、分かっていなくて…待ち時間の間だけでも教えてもらえないですか?」
………!?
い、一歩先を行くというのか!?
「うん?いいけど…というか結構簡単だよ。」
なななんだっ、なんと言って??
「そうなんすか?規則性とか全然見ててもわかんなかったんすけど。」
「予備知識もないんでしょう?流石にそれじゃ難しいって。でもほらああやって──」
うっ…やっぱり盗み聞きはできない。騒々しいし、マナー悪いし…
と、となれば俺も行動を起こすしか!
「…えっと?何か用です?」
「…あ…い、いやチガイマス。」
◆
ふぅ…助かった。やまとなでしこがまさか、まだ相手の番号を入手していなかったとは。
だが、あれほどの勇気を兼ね備えていたとは想定外だった。
対策を練ろう。たかが番号だ、勇敢な彼であれば休み時間の間に手早く手に入れる。となれば、放課後あるいはその次の休み時間にはメッセージを送れてしまう。
こちらは番号を有しているが、肝心の打ち方がわからない…やまとなでしことは真逆の状況。
だが、番号があるのなら先んじてメッセージを送ることはできるはず…はずだ、たとえ意味不明な文字列だったとしても。
「…………」
「いやいや…なんの解決にもなってない。」
先んじて送信できたとして、ちゃんとしたものでないと意味がない。しかし、今それはできない。…聞く勇気もないし。
ともすれば、行き詰まった状況を打破するため、目的の再確認でもしてみよう。
とにかく、俺はやまとなでしこにメッセージを送信させるわけにはいかない。やまとなでしこからしても、それは同様だ。……だが、互いの動機は異なっているな。彼は、関係の発展を目的としたアプローチ手段としてあれを使おうとしていて、その恋敵とされているのが俺だ。
言ってしまえば彼にとって目的さえ果たせるのなら、メッセージの送信はこだわったものではないということでもある。
「会ってみないと分からないし、進まないな…」
「よし彼に会いに行こう!」
「??」「???」「…??」
「…あっ、ひ…独り言で…」
◆
まず、彼の思いを正しく確認しないとな。もし………なら正しく話そう。
と、その前に『メッセージを送信するのはやめてほしい。』 仮にこう伝えたときにどう反応されるか、いくつか予想しておこう。
①動揺・困惑 ②疑問 ③不信 ④承諾・拒否
といったところだろうか。拒否はどうしようもないことを踏まえると、最も厄介なのは不信な反応をされることで間違いなさそうだ。発言から自己中の意図がぷんぷんとしていて、彼自身の気持ちを思うと説明も意味をなさないだろう。
そうと分かれば、先手を打っておきたい。不信…不信……
A.競争心からくる不信。
B.不透明さからくる不信。
ふむ…まず意図の透明さをあげることはマストだな。それだけで動揺や困惑、疑問も減るだろうし、提案を承諾される可能性も高くなって、厄介な不信も片方はなんとかなるかもしれない。…まあ当たり前のことだとは思うけど。
よし、だいぶ整理された。俺が打っておくべき先手は、競争心のなさを理解してもらえるような一手だ。
しかし、そんな意識なんて完全になんとかできるわけでもないし……協力的な姿勢を見せる?いいけど、もっと怪しくなるよな…いや
あっ…うん、決めた。これでいこう。
最後に、提案がどうなるかはわからないけどその後を想定しておこう。
A1.メッセージを独占できる けど、一時的な不安要素を取り除けるだけだから、早いところ打ち方や暗号の問題はなんとかしなくちゃな。
B2.手伝う 場合によっては彼を手伝うことになる可能性もあり得る。正直、不誠実だからこうならないよう気を付けて話を進めよう。注意して、こういった話題を出さないようにしないと。
C3.互いの失敗 提案を拒否されたら俺の目的は失敗に終わるし、承諾されたとして彼は失敗する、きっと。けど、彼の失敗はこの提案の有無には関わらないのだから、気にしすぎず誠実な対応を心がけよう。
ふん、こんなところでしょう。
さてと、彼の教室はここだったっけ…
「すすすすみません…やまとなでしこはいませんか。」
「は?」
◆
「やまとなでしこさん。」
「(ま…まあいいか。)どうしたんすか?」
「大真面目な話があります。」
「俺は、あなたに彼女へ向けたメッセージを送ってほしくありません。それで──」
「……どういうことすか?」
俺の自分勝手な言葉を聞いて、やまとなでしこの目は少し細まった。それでもまずは、意図を確認してくれるできた人だった。
「俺もあの子が好きだからです。」
「…理解はできますけど、滅茶苦茶なこと言ってますよ石屋さん。」
「俺だって、あなたとか他のやつもにそうして欲しいんすけど。でも、そんなの自己中心的で受け入れがたいでしょ?」
「はい本当その通り…です。だけど、それでお話を聞いて欲しいんです。」
「…………」
「…まあいいすよ、聞くだけなら。」
「…………」
「俺はあの子と付き合いたい、あなたもあの子と付き合いたい。」
「あなたはメールを送信する準備ができている、俺は準備ができていない。」
「けどあなたはあの子とまだ接点がないからベル番を持ってない、俺はあの子と接点があってベル番を持ってる。」
彼は勇敢だから、あっという間に彼女と接点をもてるだろう。けれど、それは行動を起こした後の話。今、彼はそれをもってない。そして、彼は当事者だからこそ俺の評価とは裏腹に自信をもてない。
「あなたは俺と自分のどちらが確実だと思いますか。あなたさえよければ、手札を提供、交換しあって互いの思うベストな手段で競争し合いませんか?」
「…俺がベル番を欲しいと言ったらくれるってことすか?」
「ええと、それは難しいですけど、彼女を紹介して接点をつくる機会をあげることはできます。ただ、そっちを選ぶということはメールでの可能性を捨ててもらうという取引…になりますし、接点をつくる機会以上については当然保証できません。」
「…俺がそうしたらあなたは接点を捨ててメールだけで頑張るってことっすか?」
「はい、あなたからメールのいろはを教わって。それと俺は提案している側ですから、選択権はあなたにあります。取引をせず今のままいくか、接点をつくれる可能性を確実にとるかはあなたが自由に決めてください。」
「…俺に得しかないっすよ。接点のほうを選んだとしてもメールも活用しない保証はないですし、そもそも石屋さんメールだけでどうするんすか。」
「俺はメールの方がいけると思ったんです。それに可能性としてはあなたも俺も同じです。」
「もちろん、約束を破るつもりはありません。あの子から話しかけられてもうまいこと逃げますから安心してください。」
「ああでも、この約束の有効期限はどちらかが告白するされるまで、にしましょう。告白までいけば自ずと白黒つきますし、そこで何か事情があればそこは融通をきかせて、という感じで。」
「…おーけーっす、その取引のるわ。」
「つまり、メールは…」
「メールは捨てます。あなたは接点を捨てて下さいっす。」
そして、予鈴が鳴った。
◆
一か月間。学校で俺はほぼ誰とも話していない。正直言って、たいして変わったことでもなかった。
「お母さん、お小遣いー」
その分、暗号ブックとやらを買おうと金を貯めた。ん?貯めたよな?
ごほん、貰い物だし説明書をねだることも考えたけど、生憎と約束があったし──
「あんた、なんかいつだか、教えてくれる人ができたとか浮かれてなかった?なんでそれとずっとにらみ合ってるのよ。」
「それ触れる?息子の間抜け話聞きたい?」
「あ~~」
母は去っていった。……ん?あれ、いつもこうやってお小遣いもらえてないな?
まあとにかく、勇気の限界だった。あの取引話の後、放課後に彼女を紹介して、それからこれの使い方を教えてもらうはずだった。けどおれ、普通に帰っちゃった。後日、教室に何度か来てくれたけど、普通にタイミングが悪くてトイレ行っちゃってた…
はぁどうせなら何があろうと教えきること、って約束しておくんだった……と適当に後悔していたら、目の前のガラクタから電子音が鳴る。
『コンバンハ』
俺は未だにこれの仕組みを知らないし、そのことを伝えられもしていない。けれど、ここ一か月間のこの時間は結構面白かった。
「電話を使うのは分かってるんだけどなあ…はぁ。というか電話を利用するのなら、わざわざメッセージにする必要ある…?」
「……でもなぁ…」
早くお金稼いで、やり方を身に着けて、誰よりも早く俺がメッセージを送信する。さもないと本当そろそろ愛想つかされてもおかしくない…
急ぎバイト探そう!…明日




