召喚失敗
とにかく早く帰りたい理由がある。
コンビニからマンションに帰る途中、気づいたら知らない場所にいた。
何言ってるかわかんないでしょ? わたしにもわかんないもん。
歩いてたら足元が光って、目を開けたらそんな状況だった。
夕方だったはずなのに妙に明るいし、周りにたくさん人がいて騒めいてる。
……家帰りたい。
「やった! 成功だ!」
「万歳!」
「聖女様!!」
魔法使いみたいなローブを着た男が、わたしの前に出てきた。
「ようこそお越しくださいました、聖──」
「ここ何処ですか?」
推定愉快犯か推定誘拐犯かの言葉を聞く気にはなれなくて、遮った。一応敬語で話すけどね、一応。
「ここはフォーラニ王国です。聖女様には、この世界を救っていただきたく──」
「帰してください」
「あの、聖女様……?」
「帰してください」
何、聖女って。馬鹿じゃないの? フォーラニなんとかなんて、聞いたことない地名だし。
「いや、聖女様には我々の世界を救っていただかねば──」
「何故ですか?」
「それが聖女様の役割だからです」
キメ顔でおかしなこと言わないでよ。演技じゃなかったらヤバい人じゃん。
「とりあえず帰してもらえますか?」
「……役目を終えたら、帰ることはできます」
「なんですか、役目って。今すぐ帰りたいんですけど」
「そんな……! 困ります!!」
こっちだって困るんだけど?!
「まあまあ。二人とも、落ち着いて」
にこにこ笑いながら、やたらキラキラしい見た目の男が割り込んできた。胡散臭い笑顔だなぁ。
「聖女殿も混乱なさっているでしょう。場所を変えてお茶でも──」
「今すぐ帰りたいんですってば」
なんなのコイツら?! 話通じない。あ、もしかして、日本語に聞こえてるけど日本語じゃないとか? うわ、あり得そうで怖い。
「だ、大丈夫です!! お役目が終わりましたら、帰れます! 時間軸も調整して、聖女様の世界で消えた時間ぴったりに戻せます!」
キラキラしい人の笑顔が引きつったのを見たのか、ローブの人が慌てて言ってきたけど……。ワープとかタイムリープとかできるってこと?
「ですから、聖女様の世界では時間が経過していないことになります!」
ドヤァ!! みたいな顔で言われてもさぁ。
もう溜息しか出ないよ……。
「証拠はあるんですか?」
「え」
「だから、元の場所、元の時間に、寸分違わず帰れるっていう保証は? 根拠はあるんですか?」
「……」
「その『わたしの世界』とやらに『あなた達の世界』の人がいて、きちんと確認できていることなんですか?」
「い、いえ……。あの、ですが、歴代の聖女様の中で帰還を願った方は、きちんとお帰りになりました!」
うーわー。ないわー。マジない。
浦島太郎状態になったらどうすんの?
しかも『歴代の聖女』って誰よ? その人達だって、何処から来たのか知らんし。
あ、キラキラしい人がプルプル震えてる。怒ってんのかな? もしかして煽り耐性ゼロな人?
「不敬な! たとえ聖女だとしても、その無礼な態度は許せぬ! 捕えよ!!」
キレたし……。
こっちの都合も聞かず、うだうだ言って引き止めるって最悪じゃない?
早く帰らなきゃ。ずっと待ってるんだから。
──ドンッ!!
「えっ?」
突き飛ばされた──と思った瞬間、足元が抜けて沈み込むみたいに身体が落ちていく。
目の前が真っ暗。周りも真っ暗。
気づいたら、歩道に座り込んでいた。
「あなたどうしたの? 大丈夫?」
通りかかったおばさんが、心配そうにこっちを見てる。
「あ、すみません、立ちくらみ起こしたみたいで……」
急いで立ち上がって、コンビニ袋を確認する。よかった、中身はちゃんとある。
「ご心配おかけしました。大丈夫です」
「よかったわ。貧血? 気をつけてね」
お礼を言って頭を下げたら、にこって笑ってくれた。優しい人だなぁ。煽り耐性ゼロ野郎とは大違いだ。
って、さっきの白昼夢? そんなん見たことないけど。
……まぁいいか。帰ろ。
「ただいまー」
んにゃー。
「ごめんね、ルド。ちゅ◯る買ってきたよ」
にゃーにゃー。
「だからごめんって、切らしちゃって。今からたくさん Nyamazon でポチるから」
にゃー。
「はいはい、いい子いい子。先に手洗わせてねー」
◇
「は? 消えた……?」
たった今、聖女召喚の儀式を行った。
『聖女』と言っても特別な役割があるわけではない。国内外への政治パフォーマンスだ。我が国が異世界から人を呼び出せるほど強大な力があると示す為の、重要な儀式だったのに。
なんだったんだ、あの女は……!!
来た瞬間から「帰りたい」と繰り返し、こちらに微塵も興味を持たず、話を聞かないとは……。なんという屈辱。
あまつさえ胡乱な目で見られて、つい手が出てしまった。だが、まさか消えるとは考えてもいなかった。
この日の為に費やした資金も労力も、全て無意味になってしまったというのか……?!
「殿下!!」
「なんだ?!」
宮廷魔術師の声に苛立ちながら振り返ると、信じがたい光景が目の前にあった。
魔法陣から、黒いモヤが噴き出している。
「は? なんだこれは……」
「……わかりません。御身の安全の為、お下がりください」
ジリジリとその場にいた者達が後退する中、黒いモヤは膨れ上がり、何かを形作るようにはっきりしていく。
やがて巨大な影に変化し、次の瞬間──。
──バキッ!!
轟音とともに、黒いモヤは弾けるように消えた。
「え……?」
「大変です! 魔法陣が破壊されております!!」
「なんだと?! 退け!!」
慌てて確認すると、床に大きな亀裂が入り、古代より刻まれていた召喚の魔法陣は跡形もなく消え去っていた。
「至急、陛下にご報告を!!」
「宮廷魔術師を全員招集しろ! 早く!」
「直ちに箝口令を敷け!!」
私は呆然とその場に立ち尽くしていた。
聖女召喚の功績を経て、立太子するはずの未来が。王国の未来が。私の世界が。
全てが無様に崩れていくのを、ただ感じていた。
にゃん。




