異端者No.3 ステリン
「ステリン……? あぁ、あのイカれた女ね」
「あいつぁ、やべぇぞ。なんてったって、正教会を真っ向から否定してるも同然なんだからな」
「噂じゃ、自らを神と偽った罪で異端審問にかけられて殺されたと聞いていましたが……まだ生きてたなんて驚きでしたね」
ステリンについて訊ねると、返ってくるのは悪評ばかりだった。それもそのはず、この国においては、正教会以外の宗教は全て邪教なのだそうだ。場合によっては崇めるだけでも罪になり得るらしい。そこは異世界基準なのかよ。
「けど、ステリンは伝手があるって言ってたよな。噂が本当かどうかも分からないし、とりあえず話だけでも聞いてみようぜ」
「うん……でも、警戒はしていてね」
「それについてだけど……本当なのか? 彼女が……人間じゃないっていうのは」
レイは確かに、彼女が人間ではないと断言した。確かに、彼女は人並み外れた雰囲気を纏っている。しかしそれは、俺の感性が異世界に順応していないからだと思っていた。現に、この世界は美男美女が多い。
「魔力の色が違う。普通、人間ならあんな色にはならない。あれは、もっとヤバい何かだよ」
「そうか……まぁ、少なくとも殺されることはないだろ」
自らを御神体と名乗り、おまけに処刑されたという物騒な噂持ちだ。どう考えても厄種だが、今の俺たちに手段を選んでいる暇は無かった。俺たちは、リーンで一番大きな教会から出ると、もう一つの教会へと足を運んだ。
彼女は一度この場所から門前払いをされ、そこへ向かったそうだ。まだそう時間は経っていない。付近にいる可能性が高いだろう。
「この感じだと、あの人に治癒師の伝手を期待するのは無理かもよ?」
「んじゃあ、ステリンに治癒してもらうってのはどうだ? 俺はそっちを期待しているんだが」
「でも、治癒師免許絶対持ってないよ。 闇治癒師に関わるのは、それこそ危険じゃない?」
「人じゃない何かと接触するんだ。そんなの今更だろ」
というか、レイの前で見栄を張ったものの、本当に右腕が痛いのだ。折れていないということだが、普通に痛くて物も持てない。この怪我を治してくれるのなら、人で無かろうとどうだっていいとさえ思える。
「……あら? お早い再会でしたね?」
「おぉ! やっと見つけたぞ! ステ……リン?」
「……なんか、ボロボロだね」
教会に向かう道中、俺たちは目的の人物と再会した。しかし、その姿は神秘の森から帰った俺たちよりも酷いものだった。
全体的に濡れており、その修道服には泥や汚れが付着していた。どこか寂しそうな顔をしており、明らかに何かがあったことが分かる。
「少し、教会の神官と揉めまして。彼女なら分かってくれると思ったのですが……この有様です」
「そう……ところで、一つお願いしても良い?」
「……要件次第、でしょうか」
「アキラの怪我を、治して欲しい。もちろん、お金は払うから」
ステリンは俺の腕を見ると、納得したように頷いた。そして笑顔を浮かべながら、恐ろしいことを口にした。
「えぇ、構いませんよ! ステリン教に加入して下されば、いくらでも治して差し上げましょう!!!」
「……は?」
「ですから、入信です! 私を崇め、私を敬い、私に傅く、私のためのステリン教です! 今なら入信費無料、年会費無料です!」
キラキラと気持ちの良い、まるで聖母かのような笑みを浮かべながら、ステリンは続ける。それがこの国で何を意味するのか、分かっているだろうに。
「アキラ、やっぱ辞めよう。この人、関わっちゃ駄目なタイプ」
「まぁ落ち着けよ。確かにヤバい人だが、俺たちに手段なんて選んでられないだろ?」
「……だけど、これはマズイでしょ」
「失礼ですね! まるで私が頭のおかしい人みたいじゃないですか!」
その通りだろ。一言一句違わず、何も間違ってはいない。
けれど、今はそれで良い。この国の人間にとって他宗教など論外かもしれないが、俺は日本の生まれ。異文化交流はお手のものだ。
「良いよ。俺、入信しても」
「……へ? ほんとう、ですか……!?」
「東の国出身でも良ければ、だけど」
その程度で治療して貰えるのなら、安い買い物だ。しかし、目の前のステリンはともかく、レイもビックリしているように見えた。一体、何をそんなに驚いているのだ?
「ねぇ、アキラ。入信って、ほんとに言ってるの? 本気で、この女に全部捧げるつもりなの?」
「……は!? いやちょ、そこまで言ってないぞ!?」
「だって、入信ってそういうことでしょ? 神に全てを捧げ、その命が尽きる時まで誓いを果たし続ける。東の国じゃ違うかもだけど、この国ではそういうものだよ」
ようやく、レイが渋っていた理由が分かったような気がする。そんな価値観の世界で、自らを神と呼称する存在のヤバさを。明らかに、関わってはいけない類いの人種だった。
「もう取り消せませんからね! はいっ! 『完全再生』!!!」
「お、おおっ……!? 腕が、光って……!!!」
ステリンが何かを唱えると、俺の腕は眩い光を放ち始めた。その光は瞬く間に俺の痛みを根絶し、それだけではなく足の痛みなどの些細な不調まで完治してみせた。その名に違わぬ、完璧な治療だった。
「ごほごほっ……! ろ、ろうれすかぁ……? 腕、治りまひたかぁ……?」
「治ったけど……だ、大丈夫か? 顔色、めっちゃ悪いけど」
「私、諸事情ありまして……神聖術を使うと、気分が悪くなるんですよね」
「……それって、魔族だから?」
レイは冷静に、そう呟いた。ステリンはレイを見つめると、フッと笑みを浮かべた。俺は言葉の意味が分からず、ただ首を傾げていた。
「あらあら……レイさん、でしたっけ? 凄い、気付いていたんですね?」
「私、魔力を見る目は確かなの。貴女からは、真っ黒な魔力しか見えなかった」
「本当に凄い。人里に来てから、バレたことなんてなかったのに」
魔族、か。言葉の通りなら、魔物に類する何かなのだろう。レイの反応から察するに、人類の敵のような立ち位置のようだ。だが、重要なのはそこでは無い。
「ステリン、質問がある」
「はい、なんでしょう?」
「君は、人を殺したり害したりするのか?」
「まさか。私の信徒に成り得る人達ですよ? 殺すわけないじゃないですか」
その瞳に、嘘は無いように思えた。それに、彼女は俺の腕を治してくれたのだ。自分の体調が悪くなると知っていて、明らかに過剰な治癒を施してくれた。
それは、疑いようの無い真実だった。きちんと治してもらったのだから、約束は守らねばならないだろう。
「じゃあ、問題無い。ステリン教の枢機卿、承った」
「……!? バカバカ……! 何勝手に決めてるの!」
「痛い痛い! だって、そういう約束だっただろ!? 治して貰ったのに、魔族だからやっぱ無しはありえないだろ!」
「そうだけど……! だからって即決なんて、ありえないでしょ!?」
俺たちが言い合いをしている最中、ステリンは黙りこんでいた。だが、顔を勢いよく上げると、涙を流しながら俺の手を掴んできた。
「素晴らしい! 今日から貴方は、ステリン教の信徒です! その身朽ち果てようとも、私を崇め、私だけを尊びなさい! ずっとずっとずっ~っと、離しませんからね!」
恐らく、俺は忘れないだろう。ステリンの、その顔を。その恐ろしさを。
それは、笑顔だった。だが、眼の奥が仄暗かった。
それは、聖女の如き美しさだった。だが、悪寒が止まらなかった。
それは、傍から見れば告白のようだった。だが、そこに甘酸っぱさは皆無だった。ただひたすらに、彼女が本気であることが嫌というほど伝わるだけだった。
俺はきっと、関わってはいけないナニカと、縁を結んでしまった。言葉通り、俺がこの世から消えようと、けっして解消されることの無い繋がり。彼女は絶対に、それを絶やすことは無いだろう。俺は二度と、ステリンから逃れることは出来ない。
「は、はは……よ、よろしく」
俺はようやくその重さを理解して、彼女の手を握り返した。美少女に触れても嬉しくないのは、一体何度目だろうか。




