初戦果 初負傷
「おーい。起きろ、着いたぞ」
「……後5分。やっぱ10分寝かせて」
「日が暮れると危険だろ? 太陽が出てるうちに済ませようぜ」
「……仕方ない。じゃあ、始めよっか」
神秘の森。一見するとそこは、ただの森林地帯にしか見えなかった。足を踏み入れ、少しずつ進んでいっても、やはりただの森にしか感じない。そんな場所に、俺はレイをおぶったまま入っていった。
「なぁ、今は隠密の魔術とやらがかかってるんだよな?」
「うん。ばっちりかかってるよ」
「なら良い。案内は頼むぞ」
「任された。アキラはとにかく、どんどん進んで」
少し進むと、方向感覚が鈍っていくのが感じられた。変わらぬ景色と、時折聞こえる動物らしき鳴き声。ここに来てようやく、自分が魔物の巣窟に入りこんでいるという自覚が出てきたのだった。
「止まって。前方にボアファングが2匹。見える?」
「……あぁ。はっきりと見えてる」
草むらに隠れながら、俺はボアファングと呼ばれた魔物を観察する。本物の猪を見たことは無いが、かなりデカい。
全長はおよそ、2メートル前後といったところか。泥まみれの茶色、威圧感のあるフォルムは、たとえ俺の手元に猟銃があったとしても逃げたくなるレベルだった。
「迂回して避けよっか。近くを通れば、野生の勘で気付かれる可能性もある」
「大賛成。あんなの、相手にしてられるか」
「……一応、あれは初心者でも狩りやすい魔物なんだけどね」
神秘の森に出る魔物のうち、浅めの場所で出没する奴らの特徴はレイの情報で知っている。基本的に3体。先ほどのボアファング、肉食のフォレストラビット、1匹みたら100匹居るイービルモンキーとのことだ。
このうち、ボアファングは暗い森での生活の弊害により、眼があまり見えていないため見つからないようにするのは容易いらしい。問題は、フォレストラビットとイービルモンキーの2匹である。
フォレストラビットは見た目こそ普通のウサギらしいが、その牙と爪は驚くほど鋭利だ。金属製の鎧でも着込まない限り、その攻撃を防ぐのは難しい。嗅覚が発達しており、探知性能も高い。
また、あの異世界版桃太郎でも登場したイービルモンキーは、魔物の中ではかなり知能が高いのが特徴だ。
やつらは石を割ってナイフを作り、死人の武器を漁り、突然変異種ともなれば魔法も使うとのことだ。そんな連中が、下手をすれば10や20も襲ってくる。初心者が全滅する原因の半分以上は、このイービルモンキーによる奇襲や物量に押されてのことなのだとか。
「隠密の魔術が解けない限り、見つかることは無いと思う。でも、過信はしないでね。私も試すのは初めてだから」
「そんなのは百も承知。もし駄目だったら何とか逃げ切ってやるから、レイは索敵と道案内を頼む」
「うん。そこ、右に行って」
途中、何度か魔物を発見し迂回することもあったが、一度も気付かれることは無かった。思った以上に、彼女の魔法の腕は高いのかもしれない。
そんなことを考えながら、数十分が経った。変化の無い光景に、危険な魔物。段々と疲労が蓄積していった。そんな俺を見てか、背のレイが休憩を打診してきた。
「この先に、小さい湖がある。そこで休もう。隠密魔術も掛け直したいし」
「助かる……歩いてるだけでも、やっぱ疲れるな」
「お疲れ様。あとちょっとだけ、頑張ってね」
それからほどなくして、湖に到着した。木漏れ日が水に反射して、とても幻想的な雰囲気を出している。俺はレイを降ろして、近くに腰掛けた。
「っぁあああぁあ……足が棒になったみてぇだ」
「ねね。さっき拾った石、ちょうだい」
「ん……? あぁ、道中で拾えって言ってたやつか」
手のひらで握り籠めるサイズの小石をレイに手渡すと、彼女は湖の方へ歩いていった。その後、ウロウロと周囲を歩き始める。その目は何かを見ており、しばらくすると盛大なダイビングキャッチを何もない場所へ放つのだった。
レイは顔と服を泥だらけにしながら、得物を捕らえたと言わんばかりに駆け寄ってきた。心なしか、その顔も誇らしげに見える。
「取った。精霊、1匹げっと」
「おぉ、やったな。でも、次はもうちょっと綺麗なやり方をしな」
「んむ……ありがと」
顔の泥を落としながら、レイの手元の石を見た。確かに、少し発光している。これで、成果ゼロという最悪の結果は避けられそうだ。
「よし、んじゃあ次を──」
結果を目の前にして、気が緩んでいたのだろう。俺は一瞬、この神秘の森が魔物の巣窟であることを忘れていた。レイの後ろに潜む、人型の存在に気付くまで。
「レイっ! 後ろだ!」
「っ……!」
レイを引き寄せ、庇うと同時に右腕に鈍い痛みが走った。それは、投石だった。原始的だが、それ故に威力は申し分ない。ちょうど彼女の頭を狙っていたことに、ゾッとした。数秒動きが遅れていたら、レイは死んでいた。
「っぅ……! 逃げるぞ!!!」
「『プロテクト』! 右斜めに進んで!」
レイが俺に飛び乗るのと同時に駆け出した。正直、右腕はかなり痛い。だが、止まれば奴らを振り切れない。あれは、イービルモンキーだ。つまりは、複数体存在している。
ガラスに固い物が衝突するような音が聞こえる。その音がする度、身体から何かが抜けていくのが分かる。早く振り切らなければ、このままやられる……!
「左! 次は右! 出来るだけジグザグに! 方向は合ってるから、出口まで踏ん張って!」
「あ、と……! どん、くらい、だっ……!」
「その樹を左! 後はずっと真っ直ぐで出られる!」
足場の悪い森を全力疾走しているのだ、もはや息は上がりきり、心臓が破裂しそうだった。それでも、後ろから聞こえる多数の足音を聞けば、止まる訳にはいかなかった。
「っぉおおおおぉ!!! ぶ、べ……!!!」
「『フレイム』! はっ、はっ……!」
光が見えたのと同時に、そこへ倒れ込みながら飛び出していった。レイが呪文を唱えるのが聞こえると、今度は一気に魔力が抜けていくのが分かった。後ろから何かが焼ける音がしていた。
痛みで意識は失っていないが、感覚としては眠気が一気に襲ってくるような辛さだ。魔力が全て無くなれば、抗う間もなく気を失ってしまうだろう。
「……退いた、かな。半端に賢くて助かった」
「ない、すだ……とりあえず、脱出はせいこう、か……?」
「うん。イービルモンキーはリスクヘッジの得意な群体だから。私達を見逃す方に利があるって判断したんだね」
レイは俺の右腕を慎重な手付きで触り始めた。痛みで呼吸が浅く荒くなって、脂汗が浮かんでくる。やはり、楽して稼ぐことは出来ないということか。
「折れてはいないけど、内出血してる。すぐ治癒師に見て貰おう」
「待て。その金は何処から出すつもりだ?」
「もちろん、この精霊石を売って。治療費くらいにはしてみせる」
息を整えながら、俺は立ち上がった。この稼ぎ方を選んだ以上、怪我をするリスクはどうしたって無くせない。多少は妥協することは必要だ。
「それじゃあ本末転倒だろう。心配しなくても、これくらいなら──」
「うるさい。治療はするから」
「で、でもだな」
「でもじゃない。いいから、治しにいくよ」
「……はい」
押しの強いレイに気圧され、俺は情けなく返事をした。しかし、この世界の相場は分からないが、治療費なんて相当かかるのではないか? 現代で考えても、医療費全額負担は中々キツいのだ。
「なぁ、治療ってどこで受けるんだ?」
「資格持ちの治癒師が居るところ。町医者か、教会のどちらかに行けば確実だね」
「……教会、か」
一人、俺は教会の関係者を知っていた。自分のことを御神体と名乗る、あの頭のおかしい修道女……ステリンのことだ。
少し変なところはあるものの、俺が東の国出身と知っても対応を変えなかった。それに、同じ仮入国者であるのだ。彼女もまた、金銭については苦悩しているだろう。可能性はあると思う。
「……ステリン? あぁ、あの変な人ね」
「教会に伝手があるって言ってたし、一応当たってみないか?」
「う~ん……仕方ないか。あの人とは、あんまり関わりたくなかったんだけど」
「どうしてだ? 確かに変な人だけど、話は出来そうだぞ?」
レイは少し悩んだ素振りをして、短く呟いた。
「──多分、あの人は人間じゃないよ」




