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失った娘に会うために転生したら、公爵家の継母になりました  作者: 絵宮 芳緒


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第6話|料理長との対立

厨房の空気は、いつもより少しだけ重かった。


煮立つ鍋の音。

包丁がまな板を打つ乾いた響き。


けれどその奥に、ぴんと張りつめた糸のような緊張がある。


「……素人令嬢が、厨房に口を出すものではありません」

低く、押し殺した声。


料理長の視線はまっすぐで、揺るがない誇りが滲んでいた。

長年、この屋敷の味を守ってきた男の矜持。


その言葉に、胸の奥が少しだけ痛む。

でも、引くわけにはいかない。


「ええ。技術では、私に勝ち目はありません」

リゼリアは静かに答えた。


「ですが――栄養の知識なら、お役に立てます」


鉄分の吸収を高める組み合わせ。

体を冷やしすぎない火入れ。

成長期の子どもに必要な栄養素。


それは理屈ではない。

“守りたい”という願いから生まれた言葉だった。


使用人たちの視線が、少しずつ変わっていく。

戸惑いから、理解へ。

警戒から、期待へ。


そのときだった。


「あっ……!」

若い見習いの声。


鍋の中で、ソースがわずかに焦げついている。

ほんの一瞬。ほんの僅か。

けれど、その匂いは誤魔化せない。


料理長が、珍しく一瞬だけ動きを止めた。


完璧を誇る男にとっては、それだけで十分すぎる失態だった。


一瞬、厨房に走る動揺。

火の音が、やけに大きく響く


「……替えを用意しろ」

料理長が低く命じる。


でも、リゼリアは首を振った。

「まだ、間に合います」


迷いのない声だった。


鍋の前に立つ。

焦げの部分だけを静かにすくい取り、別鍋で温め直した出汁を少量加える。


酸味を和らげるため、刻んだ根菜を丁寧に炒め、旨味を重ねる。


焦りはない。

火と対話するように、ゆっくりと。


焦げの苦みは消え、代わりに奥行きが生まれた。


旨味を重ね、香りを整える。


食材は、無駄にしない。

命を、粗末にしない。

それが、私のやり方。


料理長の目が、わずかに見開かれた。


「……無駄に、しておりませんね」


「食材は、生きておりますもの」

微笑みは、誇示ではなく、ただの事実だった。


料理長は黙って味を見る。

目を閉じ、舌で確かめる。


「……負けた気分ですな」


悔しさよりも、どこか清々しさが滲む声。


「いいえ」

私は首を振る。


「経験も技術も、裏切りません。

私はまだ、そこには到底及びません」


包丁さばきも、火加減も。

彼の背中は、まだ遠い。


「ですが、私は守りたいのです。

この家の者を、健康で、笑っていられる未来へ」


料理長の目が、わずかに揺れた。


その言葉は、静かで、揺るがなかった。



その時ーー

厨房の入口に、二つの影が差した。


ディアスは何も言わず、ただ静かにこちらを見ている。

腕を組み、感情を読ませない横顔。


その後ろに控えるカイルもまた、無言で事の成り行きを見守っていた。


冷たいはずの公爵の視線が、今日は少しだけ違う。


値踏みではない。

確かめるような、眼差し。


やがて料理長は、ゆっくりと背筋を正し――

深く、一礼した。


「……奥様」

初めて呼ばれた、その響きは、重みを持って厨房に落ちる。


「このグレゴール始め、料理人一同。

今後は奥様のお考えを尊重いたします。

我が技と経験をもって、お仕えいたしましょう」


誇りを捨てたのではない。

誇りごと、差し出したのだ。


リゼリアは、静かに頭を下げた。


その瞬間、入口に立つディアスと目が合う。

ほんのわずか。

本当にわずか。

彼の目元が、柔らかくなった。 


それだけで十分だった。


まだ、完全に認められたわけではない。

けれど――


確かに一歩、踏み出した。

母として。

この家の女主人として。


守る覚悟は、もう揺らがない。

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