第2話|冷たい公爵
食堂の空気は、朝の光に照らされていても、どこか静まり返っていた。
目の前に座るのは、結婚相手――ディアス・レヴァンティア公爵。
黒に近い濃紺の髪と銀灰色の瞳。
長身で鍛えられた体躯からは、静かな威厳が漂う。
表情は硬く、感情を読ませない氷のような瞳。
数日前、この屋敷に嫁いだばかりの私。
政略結婚によって、突然この立場を与えられたことは理解していたつもりでも――
目の前の冷たい公爵の視線は、やはり胸の奥をざわつかせる。
チェリースノーは小さなスプーンをそっと握り、私の隣でこちらをちらりと見上げる。
まだ少し緊張した表情だけれど、瞳の奥には言葉にならない安心が宿っているようだった。
その小さな手元が、ほんの少し私の心をほぐしてくれる。
ディアスは黙って私の表情を見つめる。
沈黙が長く続くほど、こちらの胸は小さく跳ねる。
「あなたが、この屋敷の生活に馴染むように努めたいと思います」
その低く穏やかな声に、私は自然に小さく頷く。
その瞬間、ディアスの口元にほんのわずかに柔らかな微笑が浮かんだ気がして、胸が少しだけ軽くなる。
整然と並んだ銀器や完璧な料理の配置は、相変わらず冷たさを感じさせるけれど、チェリースノーの小さな笑顔や、スプーンを持つ手の動きが、温もりをそっと添えてくれる。
(給食現場では、少しの声かけや笑顔でみんなの心がほぐれたのに……)
胸の奥に懐かしい感覚がふわりと広がる。
春の光が差し込む食堂の中、微かなざわめきと淡い希望が、私の胸の奥でやわらかく広がっていく――
冷たくも誠実な公爵との関係も、少しずつ築いていけそうな気がした。
少女の笑顔と小さな手元が、今日という朝を、少しだけ優しく照らしている。
「お食事の内容について、少し相談してもよろしいでしょうか」
自然と口をついて出た声に、ディアスはわずかに視線を下げる。
「……あなたは、公爵夫人だ。この邸宅内の事は、望むように、好きにすればいい」
無表情の言葉だけれど、真剣さが滲んでいる。
胸の奥で小さくほっと息をつく。
この冷たい公爵――でも、少しずつ信頼の糸が手繰り寄せられた気がした。
今日の小さなやり取りが、未来の信頼への一歩になる――そんな気がした。




