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失った娘に会うために転生したら、公爵家の継母になりました  作者: 絵宮 芳緒


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第12話|公爵家の食卓

食卓に並ぶ湯気が、淡く揺れていた。


焼きたてのパンの香ばしさ。

煮込み料理のやわらかな匂い。

刻んだハーブがほのかに香りを添える。


窓辺のカーテンが、かすかな風にふわりと揺れ、その向こうで、庭の若葉が陽を受けてきらめいている。


春は、もうすぐそこまで来ていた。


リゼリアは、椅子を引きながら静かに息をついた。


向かいには、ディアス。

その隣で、桜雪が小さな手でスプーンを握りしめている。


「ママ、これ、おいしいね!」

無邪気な声に、ディアスがほんの少し目を細める。


その仕草は以前よりも自然で、柔らかい。


「……今日の味付けは、少し甘いな」


「ええ。春ですから」

そう答えると、ディアスは一瞬だけ視線を逸らし、

やがて小さく言った。


「悪くない」


それは、この人なりの最大級の賛辞だと、もう知っている。


胸の奥が、じんわりと温かくなった。


――ああ。

生き直すなら、ここがいい。


前世の記憶は、もう遠いものではない。

忘れたわけでも、消えたわけでもない。




桜雪の父――

前世で共に働いていた同僚で、不器用なくらい誠実で、優しい人だった。


忙しい職場の帰り道、コンビニで買った温かい缶コーヒーを差し出してくれたこと。


「無理するなよ」と、ぶっきらぼうに言ってくれた声。


あの人と過ごした日々があったから、私は母になる喜びを知った。


ありがとう。


心の奥で、そっと呟く。


そして――

あの事故の日。


まだお腹に宿った命に気づかないまま、光に包まれたあの瞬間。


「……小さな、あなた」


声には出さず、唇だけがそっと動く。


あの子には、本当は何もしてあげられなかった。


事故の衝撃で、身ごもっていたことさえ知らぬまま、失ってしまった命。


――それでも。

私は、毎年、桜の季節になると花を供え続けていた。


心の中でだけ、名前を呼びながら。


桜雪おうみ


春に宿り、春に還った、小さな光。


誰にも知られずに終わってしまった命を、せめて自分だけは忘れまいと、そっと、何度も、何度も、名を呼んできた。


「……桜雪」


今度は、かすかに、息に乗せて。


胸の奥があたたかくなる。


悲しみではなく、やわらかなぬくもり。


あの夜、すべてが光に包まれた瞬間――


転生のときと同じ、白く澄んだ光が、ふわりと視界を満たす。


その光の中に、春の花びらが舞う。


淡い桜色が、やさしく重なり合い、まるでチェリースノーのように。


そして、あの子の声がした。

――ママ、幸せになって。


涙は、こぼれなかった。

ただ、胸の奥に、静かな肯きが広がる。


桜雪は、消えたのではない。


この胸の中で、ずっと、生きている。


そして今は。


目の前の食卓で笑う娘と、

穏やかに微笑む夫の隣で。


失った命も、今ある命も、

すべてを抱いて、生きていける。


「……ありがとう」


それは、過去へ。


それは、あの世界で支えてくれた人へ。


それは、まだ見ぬ未来へ。


もう、私は怖くない。

ひとりではない。


春の気配が、やわらかく部屋を満たしていた。

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