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失った娘に会うために転生したら、公爵家の継母になりました  作者: 絵宮 芳緒


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第10話|本気の晩餐

厨房に立った瞬間、静かな緊張が走った。


今日は違う。

炊き出しでも、日常の献立でもない。


――彼のための、晩餐。


袖をまくり、包丁を握る。

今日のために、料理長には一日厨房を借りている。


野菜を薄く均一に切り揃える音が、規則正しく響く。

余計な思考が削ぎ落ちていく。


前菜は、季節野菜のテリーヌ。

人参の橙、ほうれん草の緑、蕪の白。


層を重ね、澄んだ出汁のゼリーでそっと固める。


断面が美しく出るよう、刃を温めてから一息に切る。

切り口が光を受け、静かに艶めいた。


スープは、時間をかけて澄ませたコンソメ。


余分な脂を丁寧に取り、澄んだ琥珀色に仕上げる。


湯気とともに立ち上る、優しい香り。

口に含めば、静かに広がる旨味。


派手さはない。

だが、芯から温める一杯。


魚料理は、皮目をしっかり乾かしてから焼く。


ジュッ、と香ばしい音。

はじける脂の匂い。


皮はぱりりと。

身は、ほろりとほどける。


レモンの皮をほんのわずか削ると、柑橘の香りがふわりと弾けた。


肉は、今日の主役。


火加減を見極める。

焦らず、急がず。

焼き色がついたら、休ませる。


肉汁を閉じ込めたまま刃を入れると、淡い紅が覗く。


赤ワインのソースをゆっくりと煮詰める。

甘さを抑え、深みを出す。


彼は甘すぎる味を好まない。


塩の角を取るため、最後にほんの少しのバター。

溶けた瞬間、香りが丸くなる。


皿に広がる温もり。


そしてデザート。

チェリースノーの大好きな桃を使ったコンポート。


やわらかく煮含め、透明なシロップをまとわせる。


淡い桃色が、燭台の灯りに透ける。


仕上げにミントを一枚。


娘の笑顔も、今夜の大切な一皿。


料理は、祈りだ。

守りたい人へ届ける、形のある想い。



晩餐の席。

燭台の灯りが、三人の影を柔らかく揺らす。


前菜を口にしたディアスは、わずかに視線を落とす。


断面を確かめるように見つめ、一口。


静かな咀嚼。

ほんのわずか、呼吸が緩む。


スープを含む。

喉を通る温かさに、目が細められる。


その様子を、娘がじっと見つめている。


「おいしい?」


小さな問い。

ディアスは娘を見て、短く頷く。


その瞬間、チェリースノーの頬がぱっと輝く。


「よかったね、お母さま!」


家族の輪の中に、自分がいる。

それだけで、胸が温かくなる。


魚料理。

ナイフが音もなく入る。


「皮がぱりぱり……!」

無邪気な声に、ディアスの目元がわずかに緩む。


肉料理に移る。


一口、噛みしめる。

静かな沈黙。


そして――

口元が、ゆるやかに緩んだ。


ほんの一瞬。

だが確かに、笑った。


「お父さま、いま笑った!」


娘の声に、ディアスは小さく咳払いをする。


「……旨い」

短い一言。


だがその声は、どこか温かい。


「ね? お母さま、すごいでしょ!」


「私ではなく、お母さまの腕だ」

娘の頭を撫でる手は、不器用だが優しい。


その光景を見つめながら、リゼリアは静かに息を吐く。


三人で囲む食卓。

パンを取り分ける手が、ふと触れ合う。


ほんの一瞬。

だが、どちらもすぐには離さなかった。


視線が重なる。

言葉はない。

それでも通じるものがある。


「……今日の料理は」


少し間があって。

「特別だな」


胸が、跳ねる。


「ええ。本気ですから」

迷いのない声。


ディアスは一瞬目を見開き、そして――

ごくわずかに微笑んだ。


今まで見たどの表情よりも、穏やかで温かい笑み。



食後。

チェリースノーは眠気に負け、侍女に抱かれて退席する。


小さな手が、名残惜しそうに振られた。


部屋に残るのは、二人だけ。

静かな余韻。


「……リゼリア」

名を呼ばれる。


それだけで、胸が高鳴る。


「礼を言う」

低く、まっすぐな声。


「食事だけではない。今日も、この家を守ってくれている」


胸が締めつけられる。


ディアスが立ち上がり、距離がわずかに縮まる。


「貴女がいるから、この家は温かい」


その手が、そっと彼女の指先に触れる。


ためらいはない。

強くはない。

だが、確かに求める温度。


「今後も……頼む」

願いの響き。


リゼリアは頷く。

「ええ。あなたの隣で」


その指を、握り返す。

互いの温もりを確かめるように。


失った命の想いは消えない。


けれど今は――

この手の中に、守れる温もりがある。


燭台の火が揺れる。


二人の影が、ゆっくりと重なった。

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