第1話|新しい朝、はじまりの邸宅
淡い朝の光が、豪華な公爵邸の窓から差し込む。
16歳の私は、柔らかく長い栗色の髪を抱えながら目を開けた。
ここは――私の知る世界ではない。
目の前に広がるのは、見慣れぬ豪華な寝室。
天蓋付きのベッド、壁にかけられた家族の肖像画。
胸の奥には、どこか懐かしい感覚が残っていた。
「ここは……私……?」
呟くと、記憶が波のように押し寄せる。
現世では給食委託会社で働き、53歳で一度命を落とした私。
火災事故の光の中で聞いた、あの声――
「ママ、早く会いに来て!」
胸がぎゅっと締め付けられる。
あの声の主は、桜雪――?
その時、ノックの音が響き、静かに扉が開くと侍女が顔をのぞかせた。
「奥様。お食事まで、もう少々お待ちください」
侍女は静かにベッドの横に立ち、柔らかな手つきで身支度を整える準備をする。
私は深呼吸をし、自然と心の中で思い出す。
どうして私はここにいるのか――。
庭先の花々は春の光に揺れ、微かに鳥の声が響く。
朝食の準備の音が銀器に反射し、冷たく整った屋敷の空気に、わずかに生活感が混ざる。
侍女に促され、私は食卓に向かう。
目の前に並ぶ料理は美しく整っているが、どこか無機質で冷たい。
胸の奥がざわつく――あの温かい食卓、あの笑顔がふと重なる。
その時、黒に近い濃紺の髪と銀灰色の瞳を持つ男性――ディアス・レヴァンティア公爵が、静かに食堂へ歩み入って来た。
長身で鍛えられた体躯に包まれた静かな威厳。
表情は硬く、寡黙だが、眼差しの奥にわずかな影を帯びている。
ディアスはゆっくりと近づき、落ち着いた声で告げた。
「おはようございます、夫人。体調に問題はありませんか?」
低く穏やかで、わずかに緊張も滲む声。
この男は、現世の私の夫だ。
数日前に、政略結婚で嫁いで来た記憶が蘇る。
整然と並べられた銀器、完璧すぎる料理の配置――
温もりはほとんど感じられない。
(給食現場では、少しの笑顔や声かけで、みんなの心がほぐれたのに……)
心のどこかで、懐かしい感覚が胸をかすめる。
その時、淡い桜色の髪を揺らして少女が入ってきた。
「おはようございます、お父様。……お義母様。」
純粋な笑顔が、冷たい食卓の空気をそっと溶かす。
リゼリアも自然に微笑む。
チェリースノーは小さな手を組み、まだ少し緊張した表情でリゼリアを見上げる。
それでも瞳には、安心を求める柔らかい光が宿っていた。
(この子を守りたい――今度こそ、失わないように)
思いが胸にじんわり広がる。
春の光に揺れる花々のように、少しずつ心が柔らかく溶けていく。
――私の新しい生活は、ここから始まるのだ。
冷たい公爵との婚姻後、初めての真正面からの対面も、少女の笑顔と共に迎えられそうな気がした。
チェリースノーの微笑みが、未来の小さな希望をそっと運んできたように感じられる。
春の光が、柔らかく部屋を包み込み、心も少しずつほぐれていく。
胸の奥で小さなざわめきが芽生える。
冷たく寡黙な公爵――ディアスの眼差しの奥に、どんな思いがあるのか、まだ完全には分からない。
(でも、きっと――この関係も、少しずつ育てていけるはず)
少女と過ごす日々を守りたいという想いが、自然と胸に広がる。
次に待つのは――初めて向き合う、冷たい公爵との真正面からの対話。
どんな反応をしてしまうか、自分でもまだ分からない。
それでも、春の光に包まれたこの朝のように、少しずつ前に進んでいけそうな気がした。




