第五章:決別の春、漂流の始まり
大学卒業を目前に控えた三月、街は再びあの忌まわしいほどに美しい、別れの季節を迎えていた。
私は、三年間付き合ってきた直哉との関係に、自ら終止符を打った。
地元で看護師として働き、彼と家庭を築く。
その「正解」の道を選ぼうとするたび、あの夜の喫茶店で見た、彼の絶望的なまでに冷ややかな瞳が私を射抜くのだ。
「……ごめん。私、この街を出て東京へ行く」
ファミレスの席で、私は震える声で告げた。
直哉は、差し出された別れをすぐには理解できないようだった。
彼がくれた安定も、父が望んだ平穏も、今の私には息が詰まるほどの重荷でしかない。
「どうして……。君の居場所は、ここにあるのに」
「私の居場所は、私が作らなきゃいけないの。……誰かの隣にいるだけじゃ、ダメなの」
残酷な言葉だと分かっていた。
けれど、彼を愛しているふりを続けることは、彼に対する最大の冒涜だった。
私は彼を残して店を出た。
追いかけてこない足音に、胸が張り裂けそうになる。
その夜、私は父に向かって、東京の救急救命士の専門学校へ進学し、働きながら資格を取る決意を伝えた。
父は、ただ一言、「後悔だけはするな」とだけ言って、酒を呷った。
一方、東京。
彼は、卒業と同時に麻里との同棲を解消していた。
麻里が求めていたのは「将来有望なITエリート」としての彼であり、彼という男の底流にある泥臭い情念ではなかった。
彼女が新しい恋人を作ったことを知った時、彼は怒りよりも、深い安堵を覚えた。
「あなたは結局、誰のことも見ていないのよ。……あの時の彼女の亡霊と、一生踊って
いればいいわ」
麻里が吐き捨てた最後の言葉は、鋭い毒となって彼の胸に沈殿した。
彼は一人、新宿の安アパートに身を寄せ、名前も知らない広告会社の激務に身を投じた。
彼女には、連絡をしなかった。
自分がこの都会で何者にもなれていないという無力感が、彼女への想いを封印させた。
互いに恋人を失い、拠り所をなくし、私たちは広大な都会の迷路へと放り出された。
かつて愛を確かめ合ったあの夜の記憶さえ、日々の上書きされる情報の奔流の中で、色褪せていくのを待つしかなかった。
四月。
私は、新宿の大きな病院で、新人看護師としての第一歩を踏み出した。
同時に、夜間の救急救命士専門学校に通う、睡眠時間を削るだけの日々。
東京の空気は排気ガスの匂いがし、地元の土の匂いとは似ても似つかない。
地下鉄の雑踏を歩くたび、どこかに彼の背中があるのではないかと探してしまう。
けれど、人口一千万人のこの街で、約束もなしに誰かと巡り合う確率は、奇跡に近い。
「……死なせない。絶対に」
実習で運ばれてくる急患の手を握りながら、私は心の中で唱える。
誰かを救いたいという願いの根源には、あの夜、自分たちの未来を救えなかったことへの後悔が横たわっている。
私たちは、大人になった。
互いの声を聴くことも、名前を呼ぶことも禁じたまま。
それぞれの孤独な戦場で、血を流しながら生きることを選んだのだ。
いつか来るはずの再会が、これほどまでに残酷な形でもたらされるとは知らずに。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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