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険しく、麗しき山嶺

作者: 伯谷 陽太

 地図さえ無き旅路の先にありし絶景。誰よりも高く澄み切った青空を捉えられる場所。あの山をずっと見てきた。ほかの村人はその男を、不思議な山男と呼んでいる。


 その男はある日もある日も眺め続けた。

 登りきった自分を想像し続け、ただひたすらに願い続けた。それも今日までだ。


「ふぅ、」


 肺が凍てつくほどに空気が冷めている。遠くからの姿は美しいだけだった山は、本来の自然の恐ろしさを浮かべていた。獣が牙を向けてくる様な圧。

 手の出しようもない程の岩肌を意地で掴む。

 無駄に重い体を押し上げながら進む。


 男には、さほどの大義は持ち合わせていない。

 いま一度、帝国に支配されてしまい、もう二度と眺めることのできない自然で平和な生まれの村を、心に刻みたかっただけである。

 かつて、父母が好きだと語った景色。


「そうか、もうそこまで……」


 帝国は豊かな自然の全てを切り開いていった。

 山も森も、秘密基地も。ずっと果てしない記憶の彼方になってしまった。

 少し登った先でみた光景は、無機質な城壁が村の奥にそびえていた。鉄と石で出来た人工の山はそんなに良いものなのだろうか。


 指先から血が出てきている。

 流れる血液は、寒さにすぐに固まった。それでも痛みはおさまる事を知らない。

 先を急ごうにも、山はずっと高く、恐ろしさを増し続けている。ぶぉぅと吹きつける強風が一層、思考を歪ませていた。その先に思い出があるのかと。


「あっ、」


 剥がれる山肌と共に少し下まで落ちてしまった。

 背中が冷たさと、痛みに煽られ、どうしようもなく、寝てしまいたかった。

 確かに進みは止まっていなかった。しかし、男は結末を知りたくもなかった。

 けど諦めることも不可能なのだ。切れてしまった頬を拭いてもう一度山頂を頭に描いた。


「進もう」


 落ちて死ぬなんていう恐怖はとっくになくなっていたと勘違いをしていた。帝国に連れられて兵士なんかになるぐらいなら、なんて思っていた。

 やっぱり、今のこの登山は最初で最後の逃げでしかないのだ。それでも反旗を翻すつもりなど、もとより微塵も存在しえぬ。


「あと、少しか」


 その言葉には諦めが詰まっていた。生きる希望にとっておいた大切な目標の結末が目と鼻の先にある。それが許せなかった。

 ここで一歩踏み出せないのなら、もう二度とは実現できない。知りたくない。変わりゆく故郷の形など。残念なほどに二つの理性が争いあう。


 許してほしい。過去の夢見ていた自分よ。

 ここで瞼を開けば見てしまう。


「うっ……

ん……

はっ!!」


 広がっていたのは雲海だった。目を逸らし続けていた故郷に別れを告げさせる訳でもなく、ただ一面に広がる雲の海だった。

 山男は、視界が白く包まれた。

 体の限界でもあった……。

 心地よき夢の中で…。

息抜きに書いてます〜

良かったら僕の作品で、いま本腰を入れている『トレジャークラフターズ』という作品もよろしくお願いします。

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