第6話:深夜の訪問者と胃袋への一撃
極上のオークロースのソテーを平らげ、アリアが至福の溜め息をついたその時だった。
ドンドンドンッ!!
静まり返った店内に、扉を乱暴に叩く音が響き渡った。
アリアの体がビクッと跳ね上がり、せっかく戻った血の気が再び引いていく。
「こんな時間に……まさか」
「チッ、せっかくの食後の余韻が台無しだ。アリア、俺を構えろ。脂汚れは落としたばかりだが、致し方ない」
アリアがおっかなびっくり扉を開けると、そこに立っていたのは巨漢の男だった。
粗末な革鎧に、腰には棍棒。
その顔は凶悪そのもので、アリアは思わず後ずさる。
「夜分にすまねぇなァ、『錆びないスプーン』の嬢ちゃんよォ。黒曜銀行の集金だ。今月の利息、まだ耳揃えてもらってねぇぞ」
男の名はゴズ。
黒曜銀行が雇っている取り立て屋の一人で、界隈では手癖の悪さで知られていた。
「ひ、ひぃ……! ゴ、ゴズさん……あの、父が倒れて、今は本当にお金がなくて……!」
「ああん? 金がねぇなら、店の権利書でも体でも置いてってもらおうか!」
ゴズがドカドカと土足で店内へ踏み込んでくる。
アリアは恐怖で足を震わせ、エッジの柄を握りしめた。
しかし、エッジの感覚は別の反応を捉えていた。
(……待て。こいつ、腹の虫が鳴ってやがる)
エッジはゴズの視線がアリアではなく、厨房のカウンターに残された『オークロースのソテー』の残り香へ向いていることに気づいた。
『呪いの旨味共鳴』の効果は、まだ店内に充満している。
「おい、アリア。剣を抜くな」
エッジの声がアリアの脳内に響く。
「えっ!? で、でも襲われます!」
「いいから俺の言う通りにしろ。こいつは今、敵意よりも食欲に支配されている。……作戦変更だ。厨房に残っている切れ端と、付け合わせの野菜を持ってこい」
「は、はい……?」
アリアは困惑しながらも、ゴズの前に皿を差し出した。
そこには一口大にカットされたオーク肉と、エッジが執拗なまでに均一に刻ませたキャベツが盛られている。
「あァ? なんだこりゃ。俺を餌付けしようってのか?」
「い、いいから食ってみろ豚野郎……あわわ、じゃなくて、ご試食ください!」
アリアはエッジの暴言をつい口走りそうになりながら、皿を押し付けた。
ゴズは不審がりながらも、鼻腔をくすぐる暴力的なまでの香りに抗えず、肉を口に放り込む。
咀嚼した瞬間、ゴズの目がカッと見開かれた。
「なっ……!? なんだこれはァァッ!!」
オーク肉の野性味あふれる旨味が、魔剣の能力で極限まで濃縮され、舌の上で爆発する。
表面のカリッとした焦げ目と、中のジューシーな肉汁のコントラスト。
本来なら臭みがあるはずの魔物の肉が、熟成された高級牛のような深みを醸し出している。
「う、うめぇ……! なんだこの店は! 親父がやってた頃は残飯以下の味だったのに!」
「へっ、当たり前だ。俺が火加減と切る角度をコンマ単位で指示したからな」
エッジが得意げに呟く。
ゴズは夢中で皿を舐めるように平らげると、荒い息を吐いてアリアを睨んだ。
いや、それは睨んでいるのではなく、渇望の眼差しだった。
「か、金ならねぇんだろ! 代わりと言っちゃなんだが、今日はこれで勘弁してやる!」
ゴズは懐から銀貨を一枚取り出し、テーブルに叩きつけた。
「こいつは飯代だ! 利息の件は数日待ってやる。その代わり、次に来る時もこれを用意しとけ! いいな!」
嵐のようにゴズは去っていった。
残されたのは、テーブルに輝く一枚の銀貨。
Fランク冒険者のアリアにとって、それは数日分の食費に相当する大金だった。
「す、すごい……。魔剣さん、撃退しちゃいました……料理で」
「ふん、野蛮な連中ほど美味い飯には弱いものだ。覚えておけアリア。これからは剣で斬るだけが戦いじゃない。胃袋を掴んで無力化する、それが『厨房の戦術』だ」
アリアは銀貨を握りしめ、涙目で頷いた。
「はい! 私、頑張ります! 野菜の皮むきでもなんでもやりますから!」
「よし。なら次はあの汚い客席の床掃除だ。埃が舞う店で飯を出せるか。徹夜で磨くぞ」
「えええーっ!?」
『錆びないスプーン』の夜はまだ長い。
だが、アリアの心には確かな希望の灯がともっていた。
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【登場人物】
- ゴズ: 黒曜銀行の取り立て屋
【アイテム・用語】
- 厨房の戦術: 武力ではなく、圧倒的に美味い料理を提供することで敵対者の戦意を喪失させ、友好的な関係や利益を引き出すエッジ考案の戦術。




