第4話:食卓への遠き道のりと、皮剥きの極意
「ハァ、ハァ……! もう、追ってきてませんよね!?」
迷宮を取り囲む薄暗い森の中を、アリアは転がるように駆け抜けていた。
背後では、未だにスパイスウルフの遠吠えと、ガストン将軍の「ぬおおお! この芳香、なんと食欲をそそるのだ!」
という雄叫びが微かに聞こえる。
「おい馬鹿者! もっと腰を落として走れと言っているだろう! 上下動が激しすぎると、せっかく下味をつけたオーク肉の細胞が壊れる!」
「そんなこと言ってる場合ですかぁっ! 命からがらなんですよ!?」
アリアは涙目になりながら、背負った風呂敷包み——解体されたオークのロース肉——を必死に守っていた。
エッジにとって、アリアの命よりも肉の鮮度が優先事項であることは、ここまでの付き合いで嫌というほど理解していた。
ようやく街道に出ようかというその時、茂みから薄汚い影が三つ、飛び出してきた。
「へへっ、嬢ちゃん。随分といい匂いをさせてるじゃねえか」
現れたのは、剣呑な目つきをした野盗の三人組だった。
リーダー格らしきジャガイモのような顔をした男が、下卑た笑みを浮かべてナイフを舐める。
「迷宮帰りの冒険者か? その背中の荷物、置いていきな。金目の素材なんだろ?」
アリアが恐怖に足を止める。
この世界では、迷宮で得た獲物を狙うハイエナのような連中が珍しくない。
冒険者にとっての脅威は、モンスターだけではないのだ。
「ひっ……お、お願いします、これだけは……! 借金返済のための大事な……」
「おいアリア。止まるなと言ったはずだぞ」
エッジの冷徹な声が脳内に響く。
「あいつらの武器を見ろ。手入れのされていない赤錆だらけの鉄屑だ。あんな不潔な金属で、俺の『最高級オークロース』に触れさせるつもりか? 破傷風菌が肉に移ったらどうする」
「そこですか!? 心配なのは私の命じゃなくて肉の衛生面!?」
「構えろ。あんな雑魚、三秒で終わらせる。ただし、絶対に血を飛ばすなよ。肉に臭みがつく」
野盗たちが襲い掛かってくる。
アリアは半泣きでエッジを構えた。
「相手の装備は革鎧だ。いいか、想像しろ。厨房の隅に転がっている、泥だらけのジャガイモを」
「ジャ、ジャガイモ……?」
「そうだ。中身を傷つけず、皮だけを薄く剥くイメージだ。刃の角度は15度、手首のスナップを効かせて……今だ、撫でるように振れッ!」
アリアの意思とは無関係に、エッジがその腕を強制的に駆動させる。
ヒュンッ——!
風を切る音すらしない、神速の一閃。
すれ違いざま、野盗たちの動きがピタリと止まった。
「……あ?」
次の瞬間、彼らが身につけていた革鎧のベルト、ズボンの紐、そして武器の持ち手が、まるで最初から繋がっていなかったかのようにパラパラと崩れ落ちた。
「う、うわあああ!? 俺の服が!?」
一瞬にして下着姿にされた男たちは、あまりの切れ味と、得体の知れない恐怖に悲鳴を上げ、森の奥へと逃げ去っていった。
「ふん、ジャガイモの皮剥きにしては手応えがなさすぎるな」
「……私、今、人間相手に剣を振るったんですよね……?」
アリアがへなへなとその場に座り込む。
同時に、強烈な空腹感が彼女を襲った。
「ぐぅぅぅぅ……」
腹の虫が、雷のような音を立てる。
「言っただろう。『呪いの旨味共鳴』は、持ち主のエネルギーを代償にするとな。
今の戦闘と先ほどの熟成で、お前のカロリーは限界まで消費された」
エッジは刀身に映り込んだ夕日を見つめるように言った。
「急げ。日が暮れる前に厨房へ行くぞ。最高の食材があっても、料理人が餓死しては元も子もないからな」
「はい……もう、お腹と背中がくっつきそうです……」
よろめきながら歩くこと数十分。
王都の裏路地に佇む、古びた看板が見えてきた。
『冒険者ギルド酒場・錆びないスプーン』
アリアの実家であり、今は閑古鳥が鳴くその店へ、伝説の魔剣と極上の肉が持ち込まれようとしていた。
-------------------------------------------------------------------------------------
【登場人物】
- ジャガイモ顔の男: 野盗のリーダー
【場所】
- 迷宮周辺の森: 飽食の迷宮を取り囲む森。野盗などが潜んでいる。
- 冒険者ギルド酒場『錆びないスプーン』: アリアが拠点にしている寂れた酒場。料理が不味いことで有名だったが、アリアとエッジが厨房に立つようになってから、魔剣の超絶技巧による『究極の千切りキャベツ』や『・魔剣印の刺身』が評判となり、王都一の行列店へと変貌していく。




