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呪いの剣に転生したけど、ただ野菜を切りたい。  作者: 無響室の告白


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第2話 鮮度という名の危機

「おい、そこで呆けている暇はないぞ小娘! 肉が空気に触れている時間が長すぎる! 急いで血抜きをして、清潔な布で包むんだ!」


頭の中に直接響く怒声に、アリア・ベネットは腰を抜かしたまま震えていた。


目の前には、ほんの数秒前まで彼女を捕食しようとしていた『脂の乗ったオーク』が転がっている。


いや、正確には『転がっている』という表現は不適切だ。


それは芸術的なまでに均等な厚さで三枚におろされ、美しい断面を晒していた。


「ま、魔剣さんが……しゃ、喋った……?」


「魔剣ではない、エッジだ。それより早くしろ! ロースの脂が酸化し始めているのが見えないのか! そのリュックに入っている薄汚い布じゃなくて、もっとマシな保存袋はないのか!」


「ひっ、ごめんなさい! すぐ、すぐにやります!」


アリアは訳もわからぬまま、魔剣エッジの剣幕に押されてオーク肉の回収作業を始めた。


恐ろしい魔物だったはずのオークが、今ではただの極上肉塊にしか見えない。


エッジの指示は的確かつスパルタだった。


血管の位置、筋繊維の向き、それらを考慮したパッキングを強要される。


ようやく肉を背嚢に詰め終えた時だった。


ダンジョンの奥底から、複数の遠吠えが響き渡った。


「グルルルゥ……ッ!」


通路の闇から現れたのは、鼻先から刺激臭を漂わせる狼の群れ――『スパイスウルフ』だ。


通常なら下層に生息する魔物が、なぜかこの浅い階層にまで上がってきている。


(チッ、やっぱりか。俺の『呪いの旨味共鳴』が効きすぎたな)


エッジは舌打ちしたくなった。


彼の刃が触れた食材は、その瞬間に熟成が進み、爆発的な旨味成分を放出する。


その芳醇すぎる香りが、ダンジョン中の飢えた魔物たちを引き寄せてしまったのだ。


「ひいぃっ! スパイスウルフの群れ!? 無理です、あんなの勝てません!」


「落ち着け、馬鹿者。奴らの狙いは私の身体ではなく、お前が背負っているオーク肉だ。……いや、肉を持っているお前自身も『付け合わせ』だと思われているかもしれんがな」


「笑い事じゃないですよぉ!」


アリアが涙目で叫ぶと同時に、先頭のウルフが飛びかかってきた。


エッジはアリアの手の中で鋭く輝く。


「選択肢は二つだ。ここで奴らの餌になるか、私の言う通りに動いて生き延びるか。どうする?」


「い、生きたいです! お店を継ぐまでは死ねません!」


「よろしい。ならばその『足』を使え。


戦うのではない、逃げるんだ! 最高の食材を持ったままここで死ぬなど、料理人としての沽券に関わる!」


エッジの言葉に弾かれるように、アリアは踵を返して走り出した。


背中には重たいオーク肉、右手には口うるさい魔剣。


奇妙な逃走劇が幕を開けた。


「右だ! そこの角を曲がった先に通気口があるはずだ! ……おい、揺らすな! 肉の繊維が崩れるだろうが!」


「そんなこと言ってる場合ですかぁッ!」


アリアは必死に足を動かす。


生き残るため、そして何より、この魔剣に「ちゃんとした料理」


を作らせてもらうまでは、死んでも死にきれないという謎の使命感が芽生え始めていた。


(まずはここを出る。そして、まともな厨房を探すのだ。この極上のオーク肉を、最高の状態で調理できる場所を!)


エッジもまた、危機的状況の中で固く決意していた。


彼の新たな目的は、ただ斬ることではない。


『美味いものを創る』ための環境を手に入れることだ。


ダンジョンの冷たい風が、二人の逃走を加速させる。


その背後には、旨味に魅入られた魔物たちの群れが、雪崩のように迫っていた。



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【登場人物】

- スパイスウルフ: 刺激臭を放つ狼型の魔物


【アイテム・用語】

- 呪いの『旨味』共鳴: 切った食材の旨味を最大化し、熟成させるエッジの特性。香りが強すぎて魔物を引き寄せる副作用がある。

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