第三話「ようこそ、クソッたれな地獄へ」
軍服を着た女が現れた。
引き締まった筋肉質の体。威圧感のある目つき。
だがそれ以上に目を引いたのは、制服の隙間から覗く肌に刻まれた、無数の古傷だった。
その痕跡が、言葉よりも雄弁に語っていた。
――ここが、“クソッたれな地獄”であることを。
「お、おれたちを帰してください! 戦ったこともないのに、五年間も探検家になれだなんて、無茶だ!」
(……最初に叫ぶのが、それか)
暗い顔をしていた男が、唐突に声を張り上げた。
ボクは内心でため息をつく。
これは“義務”だ。
国にとって特別な価値がない限り、逃げ道なんてどこにもない。
「そうだ! 俺たちには、生きるための最低限の法律があるんだぞ! そんなもの、誰が決めたんだ!」
「そうよ! 探検家なんて、最底辺の仕事じゃない! 帰らせてよ、お願い!」
次々に声が上がる。
ボクを除く殆どが、必死に縋るように叫び始めた。
だが次の瞬間、パンッと乾いた銃声が、部屋に響き渡った。
床に転がる薬莢。黒塗りの拳銃を握った軍服の女。
銃口は幸い外を向いていたけれど、それだけで部屋の空気は一変した。
そのまま、女は無言で銃口をこちらへ向ける。
喚いていた者たちは、顔を引きつらせながら、口を閉ざした。
「いい子だ。……ピーピー鳴くだけのルーキーなら、ここで死んだ方がマシだが――そういうのは、いないらしいな」
冷え切った目と、石のように硬質な声。
まるでゴミでも見下ろすような視線が、全員を貫いた。
「さて。まずは、質問への回答から始めるか」
女が一歩、前へ出る。
その声音は吐き捨てるように冷たい。
「“五年間、探検家になれ”って話だが……お前らだけが特別なわけじゃねえ。ここにいる全員、その道を通ってきた」
淡々とした口調は、まるで機械のように感情がない。
「五年、生き延びれば帰してやる。ちゃんと“ご褒美”付きでな。
武器も自由に使え。お前らでも扱えそうなもんは、毎日毎日、嫌ってほど届く」
女がパンパンと手を打つと、奥の扉から段ボール箱がいくつも運び込まれてきた。
中には、無造作に詰め込まれた刃物、鈍器、古びた銃器。
一見では分からないが、段ボールが無造作に落とされて部屋に響いた重厚な音はどれも“本物”だとすぐに理解させられる。
「で、次。“誰が決めたか”だったな?」
女は薄く笑った。
「お前らが選んだ“政治家様”だよ。文句があるなら、自分たちを責めな」
「これも“民主主義の成果”ってやつだ。――誇れよ?」
皮肉の混じった笑みとともに、あざけるような視線が飛んでくる。
「ちなみに、“生存権”とやらを否定してる条文は、ちゃんと法の最後に書いてあるらしいぞ。……いい勉強になったな、ルーキー?」
そう言って女は拳銃をホルスターに収める。
けれど、それで終わりじゃなかった。
「最後の質問だが――」
女の視線が、一人の女性を捉える。
底辺だと叫んでいたやつだ。
その眼差しは、明確な敵意を孕んでいた。
「お前、自分を“悲劇のヒロイン”かなんかと勘違いしてんのかぁ?」
次の瞬間、女は女性の髪を無造作に掴み上げ、そのまま力任せに引き起こした。
「ここにはな、ヒーローなんざ一人もいねえんだよッ!」
怒鳴り声が、耳をつんざく。
「泣こうが喚こうが関係ねぇ。今まで“ぬくぬく”と生きてこられたことに感謝しろ。
それをくれた政府に、きっちり“お返し”する番が来たってだけの話だ。分かったかっ、ルーキーッ!!!」
女は言い終えると、手を放した。
女性の体が床に叩きつけられ、鈍い音が響いた。
……それを見て、ボクは思った。
(――ようこそ、クソッたれな地獄へ)