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新しき顕現者⑥

「待って下さい、バイオ殿…」

「いえ、待てません……」

ここは流転の國の訓練所。

ランジュは今まさにバイオに押し倒されている。

「バイオ殿…私は貴女に相応しい男ではございません…」

「そんなことはないです、ランジュ様…」

バイオは天界出身の元天使。桜色の都に密偵として潜り込みそれが発覚した後は投獄されていたが、国王ツキヨに予言の能力を見い出されて救われた。しかし、自分を見捨てた天界への恨みは消えず、桜色の都だけではなく流転の國をも巻き込んで天界と戦を始めようと企んでいたところをマヤリィに見抜かれ、今度は流転の國の戦犯となってしまった。極刑を覚悟したバイオだったが、マヤリィは『流転のクリスタル』という魔術具を授け、この流転の國で生きて罪を償うよう諭した。その後、訓練所で『流転の斧』を持つランジュと出会い、水系統魔術の習得を目指して訓練を続けている。…ところだったのだが。

「私は貴方を心からお慕い申し上げております。ですから、どうか、ランジュ様…!」

「バイオ殿…」

ランジュは女性と付き合ったことがないので、こういう場合どうしたら良いか分からない。

押し倒されているとはいえランジュの怪力をもってすれば簡単にバイオを組み伏せられるが、彼女を力で制圧することに対して迷いがある。

バイオは桜色の都の牢獄に収監されていた頃、毎晩のように看守の男に襲われた過去を持つ。その為、流転の國に来た時も男性が苦手だったのだが、ランジュと共に訓練を続けるうちに彼に惹かれていったのだろう。だから、力ずくで彼女を拒むことはしたくない。

《こちらランジュにございます。畏れながらご主人様。訓練所にお越し頂くことは可能でしょうか?貴女様に直接ご相談申し上げる無礼をどうかお許し下さいませ》

どうしたら良いか分からず途方に暮れているランジュはマヤリィに念話を送った。

バイオは何も気付いていない。返事をくれないランジュを見つめ、次の一言をバイオが言おうとした瞬間。

「あらあら、これは一体どうしたことかしら」

「ご、ご主人様!?」

『瞬間転移』で訓練所に現れたマヤリィは、バイオがランジュを押し倒しているという世にも不思議な光景を目にして首を傾げる。

バイオは顔を真っ赤にしてランジュから離れる。

(『石化』はしなかったのね…。ということは、バイオはランジュを傷付けるつもりはなかったということか)

一応は罪人であるバイオにマヤリィが授けた『流転のクリスタル』には、皆を守る為の二つの魔術の術式が書き込まれている。その一つが石化魔術。万が一、バイオが流転の國の者を傷付けようとすることがあれば、即座に彼女を『石化』させるという恐ろしいものだ。

しかし、現段階で『石化』は発動していない。

「ご主人様…貴女様の御手を煩わせてしまい、申し訳ございません」

ランジュはマヤリィの前に跪く。

「気にしないで頂戴。…それより、先ほどまで貴女が何をしようとしていたか教えてくれる?バイオ」

「はっ!」

バイオはその場に跪く。が、後の言葉が続かない。

「単刀直入に聞くわ。貴女はランジュを傷付けようとしていたの?」

マヤリィは腕を組み、バイオを見下ろしながら、静かな声で彼女に問う。マヤリィの放つビリビリとした空気が訓練所に広がっていく。

「め、滅相もございません、ご主人様」

バイオはひれ伏す。怖くてご主人様の顔が見られない。

「ご主人様。畏れながら、バイオ殿は私のことを傷付けようとしたわけではなく……」

それ以上は何も言えないランジュ。

バイオはひれ伏したまま、

「申し訳ございません、ご主人様。私は決してランジュ様を傷付けようなどとは思っておりません…!本当にございます!」

ようやく、マヤリィの問いに答える。

「…分かった。貴女の言葉を信じるわ、バイオ」

バイオの言葉が本当かどうかは『石化』が発動しなかったことに加えて『鑑定』によって確認したので、マヤリィも長々と問い詰めるようなことはしない。

「さて、どうしたものかしら…。ランジュ、貴方はバイオのことをどう思っているの?」

「はっ。…流転の國の良き仲間、であると思っております」

ランジュは素直にそう答える。彼女に対して、それ以上の感情は抱いていない。

完全に片思いだった…。

バイオは「仲間」という言葉に打ちのめされる。マヤリィの配下であるランジュに「良き仲間」と言われることはバイオには過ぎたる幸せなのに。今の彼女にはそれが分からない。

「困ったわね…バイオはランジュのことをそうは思っていないのでしょう?」

「はっ。誠に畏れ多いことながら、私はランジュ様のことをお慕い申し上げております」

バイオは決死の覚悟で告げる。

「されど、ランジュ様を困らせてしまうなら、先ほどのようなことは二度と致しません。本当に申し訳ございませんでした」

「バイオ殿……」

ランジュは複雑な気持ちでバイオを見る。

(そもそも、訓練所に二人きりっていうのが良くないのね…)

マヤリィも複雑な気分だが、気を取り直して念話を送る。

そして、

「バイオ、許して頂戴。皆を安心させる為よ」

禁術発動。

「ご主人様…!?」

「バイオはこれでも執念深い女だから、貴方に対して今後何をするか分からないわ。…恨まれるのは嫌でしょう?」

「はっ。…確か、バイオ殿は長年に渡って天界に復讐しようと画策していたのでしたね…」

自分を裏切った天使達を恨み、復讐心を持ち続けたバイオ。そんな性格が災いして、流転の國で色恋沙汰が起きるかもしれない。ていうか、既に今日起きつつあった。

マヤリィが禁術を発動した途端に気を失ったバイオを心配そうに見ながら、ランジュは彼女の罪状を思い出す。

「幸いなことに、バイオ殿は私を傷付けるつもりはなかったようです。『石化』を免れることが出来てよかった…」

ランジュは独り言のようにそう言ってから、

「畏れながら、ご主人様。今、貴女様が発動していらっしゃる禁術について伺ってもよろしいでしょうか?」

「あら、私は何も言わずに発動したのに、これが禁術だって分かるのね」

マヤリィは感心する。

「…そうね、これは言うなれば『感情強奪』魔術。今、バイオから『恋情』を取り上げているところよ」

「っ…!感情…強奪……?」

「もう二度と、貴方を困らせるような行動はさせないわ。今日はもうしないと約束しても、先のことは分からないでしょう?」

「はっ…」

ご主人様がここまでなさるなんて。

ランジュはバイオが可哀想になったが、他の配下達のことを思えば致し方ないことかもしれない。先ほどランジュを押し倒した行為が「傷付ける」と判定されていればマヤリィがいてもいなくても瞬時に彼女は『石化』していただろう。そうならなかっただけ幸運かもしれない。

「…ご、ご主人様…?」

バイオが意識を取り戻す。

「目が覚めたみたいね。大丈夫?」

何事もなかったかのように話しかけるマヤリィ。

「はっ。わ、私は一体…」

なぜご主人様がここに…?

何が起こったのか分からないバイオ。

何が起きていたか話せないランジュ。

そこへ、

「失礼致します、ご主人様」

一人の青年が訓練所に入ってくる。

「来たわね、クラヴィス」

「はっ。本日も大変お美しゅうございます、ご主人様」

マヤリィが禁術を発動する直前に念話を送った相手はクラヴィスだった。

「クラヴィス殿…?」

ランジュはなぜマヤリィがクラヴィスを呼び出したのか分からず、困惑している。何しろ彼の力は未知数だし、どんな人物なのかもよく知らない。

「ランジュ殿、バイオ殿、本日よりこちらで訓練させて頂くことになりました。よろしくお願い致します」

クラヴィスが二人に挨拶する。

「早速だけど貴方にこれを渡しておくわ。特別なマジックアイテムよ」

二人の返事を待たず、マヤリィがクラヴィスにマジックアイテムを授ける。

「はっ!有り難き幸せにございます、ご主人様」

そう言ってクラヴィスが受け取ったのは…銃だった。ファンタジーなのに!?

「これは『流転のリボルバー』。貴方ならきっと使いこなせるはず」

魔力も武力も持たない彼にはうってつけの魔術具(?)ですね、ご主人様。

「見慣れない形状の魔術具にございますね、ご主人様」

ランジュが物珍しそうに『流転のリボルバー』を見る。

「ええ、これは特注よ。彼の能力を最大限に生かすことの出来るマジックアイテムはなかなか見つからなくてね」

外見は『流転の斧』の方が遥かに強そうに見えるが、何の能力も持たない彼に持たせるだけあって、その性能は桁違いである。

その銃には、撃てば必ずターゲットに命中するという特性と、ルーリの『閃光』を食らっても破損しないというチート級の耐久性が備わっている。

ていうか、どこから見つけてきたんですか?

「クラヴィスには他にも頼みたい仕事が山ほどあるから毎日ここに来れるわけではないけれど、色々教えてやって頂戴。よろしく頼むわよ」

「はっ!!」

ランジュとバイオが跪いて声を揃える。

実際は、百発百中のリボルバーを持って訓練することなど何もないが、今回の一件で動揺しているランジュのフォローのつもりでマヤリィは彼を呼び出したのだった。

普段から訓練所の使用率は低いが、二人きりになる時間が長すぎたとマヤリィは痛感した。たまには他の皆にも訓練所を使うように言っておいた方が良いかもしれない。

(クラヴィスには元いた世界について聞きたいことがあるし…なかなかバランスが難しいわね)

他にも頼みたい仕事=元いた世界に関する聴取である。彼が流転の國に顕現したことをきっかけに、マヤリィは今まで触れてこなかった皆の『元いた世界』について知りたいと思うようになったのだ。

「では、私は戻るわね。…ランジュ、今日は念話をくれてありがとう。貴方が私の優秀な配下であることを誇りに思うわ。これからも何かあればすぐに私に連絡を頂戴」

「はっ。有り難きお言葉にございます、ご主人様。こののちもご主人様のお言葉を忘れず、鍛錬に励む所存でございます」

「よろしい。期待しているわ」

「はっ!」

マヤリィがなぜランジュを「私の優秀な配下」と言ったのかバイオには分からなかったが、マヤリィのあの言葉を聞いたばかりのクラヴィスには分かった。

(『決して自分の命を軽々しく扱ってはいけないわ。貴方の痛み苦しみはそのまま私の痛み苦しみになると心得なさい』ーーこのお言葉を理解し、自分に危機が迫った時、ご主人様に助けを求めることの出来る人が「優秀な配下」なのですね…。ご主人様は優しすぎます)

バイオに襲われかけて(?)困り果てたランジュはその言葉を思い出し、失礼ではないかと思いつつも念話を送ったのだ。そして今、振り返ってみれば、ご主人様を呼んだことは最善の選択だったとランジュは思う。

マヤリィが玉座の間へ『転移』し、訓練所に残された三人。ランジュは安堵の表情を浮かべ、改めて自己紹介するのだった。


「遅くなったわね、ジェイ」

「姫…!何事かと思いましたよ」

「バイオがランジュを襲おうとしていたから、やむを得ず禁術を、ね…」

「禁術ですか…!?」

マヤリィは玉座の間に待機していたジェイに全てを話した。

「やはりバイオは危険人物なのでしょうか…」

「どうかしら。でも、今回『石化』が発動しなかったのは幸運だったと言えるわね…」

それに関してはマヤリィもランジュと同じ見解だった。『流転のクリスタル』に織り込まれた魔術は恐ろしいのだ。

「姫、今もあのクリスタルには『ぜつ……」

そう言いかけて、ジェイは黙った。

『流転のクリスタル』に込められた二つ目の魔術。

マヤリィはその名を最後まで言わせてくれなかった。

出来ることなら織り込みたくなかった魔術だ。


…そう。

『絶命』魔術は今もクリスタルの中にある。

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