新しき顕現者⑤
ひと通り、皆への挨拶も済んだ。
クラヴィスが何の力も持っていないことは伏せて、マヤリィは玉座の間で彼を紹介した。
恐らく『魔力探知』を使えるネクロは薄々勘付いているだろうが、彼女の性格からして自分から訊ねてくるようなことはないだろう。
その日は取り立てて話し合う議題もなく、早々に解散となった。
皆が退出し、玉座の間に残ったのはマヤリィとクラヴィス。…だけではなく、珍しくシロマがその場に立ち尽くしている。
「シロマ、何か私に言いたいことでもあるの?それとも、クラヴィスに挨拶?」
「はっ。ご主人様、畏れながら、お伺いしたきことがございます」
「言ってご覧なさい」
マヤリィが言う。
クラヴィスはその場に跪いたまま。
「…クラヴィス殿は、魔力をお持ちではないのですね」
シロマが言う。
「魔力だけではありません。貴方には特別な力というものが何もない」
シロマが問う。
「何の力も持たぬ貴方が、これからどのようにしてご主人様をお守りすると言うのです?」
「シロマ…!」
珍しく厳しい表情のシロマに、マヤリィは戸惑う。
「仰る通りです」
クラヴィスは同じ姿勢のまま、シロマに向き直る。
「私は無力にございます。こんな私がなぜここへ顕現してしまったのかは分かりません。…されど、ご主人様への忠誠は本物でございます。いざとなれば、ご主人様の盾として、一度だけでもお役に立ちたい。そう考えております」
しかし、シロマの厳しい視線は揺るがない。
「…貴方は旅人であったと伺いました」
「はっ。顕現する直前までは砂漠を旅する者にございました」
いつになく緊張感の漂う場面を前に、マヤリィは口を挟むこともなく玉座から見守っている。
「私も昔、旅人でした」
(えっ、そうなの!?)
マヤリィも初めて聞く話である。
「旅人…と言うと語弊があるかもしれませんね、正確には冒険者という職業です」
(旅人……冒険者……)
マヤリィは驚きつつも黙って聞いている。
まさかシロマに元いた世界が存在したとは。
「クラヴィス。覚えていませんか、北風の吹く冷たい異種族の町を」
「異種族の町……?」
「その町で冷遇されていた一人の人間種の女をダンジョンへと誘った記憶はありませんか」
(シロマはクラヴィスを知っているみたいね)
「いつか砂漠のオアシスを目指して旅を続けると話してくれた、魔石頼りの攻撃しか出来ない冒険者の男性は貴方だったのでは…?」
(なかなか手厳しいわね、シロマ…)
マヤリィはそう思いつつ『魔石』という言葉が気になった。
「貴女は………」
クラヴィスは混乱しているようだが、全く身に覚えのない話というわけでもなさそうだ。
そこへシロマが指を鳴らす。
「『変化』」
すると、冒険者と思しき服装をした褐色の長い髪の女性がクラヴィスの前に現れる。
「っ…!?」
「元いた世界における私の名は、シロマ・ウィーグラー。回復魔法を専門とする白魔術師です」
まさかのフルネーム公開。
「…………!!」
(えっ、何か思い出した感じ?)
マヤリィは黙って二人を見守る。
「貴女が…雪山のダンジョンで姿を消した人間種の女性…。回復魔法の天才、シロマ・ウィーグラーなのですか?」
「実は、私も先ほど貴方を見て、思い出したのです。貴方が昔、異種族の町で唯一私に優しく接してくれた冒険者だったのではないかと…」
シロマは長い髪の姿のまま話を続ける。
「確かに、覚えています。…まさか貴女と再び出会うことが出来るなんて…!」
クラヴィスは思わずシロマの手を取る。
「断片的にですが、その頃の記憶が戻ってきました。あの雪山で貴女は行方知れずになってしまった。…あれは遠い昔のことです」
「ええ。あれは遠い昔のこと。…今の私は流転の國の白魔術師として生きています」
「流転の國の白魔術師…!貴女の回復魔法の腕は健在なのですね…!」
「そう。今のシロマは流転の國唯一の白魔術師にして、最上位の回復魔法を扱うことの出来る私の大切な配下よ」
マヤリィはクラヴィスに向かって言う。心做しか偉そうだ。
「ご主人様。貴女様の御前にもかかわらず、このような私的な長話を致しましたこと、深くお詫び申し上げます」
シロマは跪き、深く頭を下げる。
その時、『変化』が解ける。
ていうか、いつの間に『変化』魔術を習得したの?シロマさん。
「っ…!貴女は……なぜそのような姿になられたのですか!?」
『変化』が解けると同時に戻るはずだった元の格好。確かに服装は戻ったが、ウィンプルが外れてしまっていた。
「私は白魔術の訓練の際に頭を剃りました。…邪魔になると思いましたから。ただそれだけのことです」
そう言いながらシロマはウィンプルを被り直すが、クラヴィスは彼女の坊主頭を目の当たりにして戸惑っていた。
「冒険者だった頃の貴女は、先ほどまでそこにいた貴女は、本当に美しい髪をしていたというのに…」
クラヴィスが彼女の変わりように涙を流す。
「…私を嫌いになりましたか」
話し始めた時とは打って変わって優しい声でシロマが言う。
「髪を剃り落とした私は、貴方から見ればもはや女ではないのでしょう。…されど、白魔術師として生きることが今の私の存在意義なのです。今の私にとって、長い髪は不要の物…」
「シロマ……」
マヤリィは玉座から立ち上がると、シロマの傍に寄り、彼女を抱きしめる。
「貴女の忠誠心は誰よりもこの私が知っている。そして、貴女の優しさと回復魔法に皆が救われてきた。…思いがけず元いた世界の話を聞くことになったけれど、きっと昔から貴女は何にも変わらないのね、シロマ」
「ご主人様……!」
「これからも私についてきて頂戴。私は貴女が大好きよ」
「はい…!」
シロマは頬を染めて、大きく頷く。
「お、畏れながら、ご主人様」
クラヴィスがマヤリィに向き直る。
「シロマ…殿のお陰で自分の過去を思い出すことが出来ました。しかし…やはり昔から私はアイテムに頼った攻撃しか出来なかったようです。…誠に申し訳ございません」
二人が元の世界からの知り合いだということが分かっただけで、何も状況は変わっていないが、そんな彼にマヤリィは優しく語りかける。
「言ったでしょう。クラヴィス、貴方が特別な力を持っていようといまいと、私の大切な配下となったことに変わりはないわ。きっと、貴方には貴方にしか出来ない何かがあるのよ。それを信じて、この流転の國で過ごして頂戴。…あと、私は『シールド』を使えるから私の盾になって死ぬなんて考えはダメよ?」
「はっ!申し訳ございませんでした!」
さっきの発言をマヤリィはしっかり聞いていた。
そして、なおもマヤリィに抱きしめられているシロマに、
「あ、あの…シロマ殿…」
クラヴィスが話しかける。
「どんな姿になっても、貴女が貴女であることに変わりはありません。先ほど、取り乱してしまったことをお許し下さい。…今も昔も、私にとってシロマ・ウィーグラーは尊敬する女性です」
「…ありがとうございます、クラヴィス」
そう言ってシロマは微笑む。
今の彼女の姿を見るのは、本音を言えば少しつらい。それでも、あの頃と同じ優しさと美しさを持つ彼女と再会出来たことに、クラヴィスは大きな喜びを感じていた。
「偉大なるご主人様、心より感謝致します…」
これは、マヤリィが彼を玉座の間に呼んだからこそ出来た再会だ。
流転の國。
そこは自由に生きてゆくことが出来る世界。
流転の國。
そこは心穏やかに健やかに過ごすことの出来る世界。
そして…
運命に定められた永遠の絆がめぐり逢う國。