新しき顕現者④
「ここは……そうだ、流転の國……」
次の日の朝、クラヴィスはこれまでの人生の中で最も上質なベッドの上で目を覚ました。
そして、昨日ジェイと話したことを思い出す。
「明日は部屋でゆっくり過ごすといいよ。それか、気が向いたらこの宝玉で呼んでくれ。この城の中を案内するから」
「これも…魔術にございますか?」
「ああ。これがあれば君も念話を使える。…ご主人様に会えるかどうかは分からないが、余裕があれば玉座の間に行ってもいいしね。まぁ、使っても使わなくてもどっちでもいいよ。明日は僕も休みなんだ」
ジェイはクラヴィスと同年代と見えて、気さくに話しかけてくれる。勿論、彼はご主人様の側近という肩書きを持っているから、完全に上から目線で話しているのだが。
「この宝玉を使えば、ジェイ様に連絡を取ることが出来るのか…」
クラヴィスは身支度を整えると、この國のことを少しでも知っておきたいと思い、宝玉を手に取った。
「これは、どうやって使うんだろう…」
そう思った時、宝玉は光を放って消滅した。
《こちらジェイ。おはよう、クラヴィス。そろそろ連絡が来るんじゃないかと待ってたよ》
頭の中にジェイの声が聞こえる。
《おはようございます、ジェイ様。あの…宝玉が消えてしまったのですが…》
《大丈夫だよ。一度しか使えないアイテムだからね。…僕の声、聞こえているだろう?これが念話だ。ゆくゆくは宝玉なしでも使えるようになってもらうよ》
念話でジェイと話し、今日は城の中を案内してもらうことになった。
しばらくして、クラヴィスの部屋の前にジェイが転移してくる。
「おはようございます、ジェイ様。本日もよろしくお願い致します」
「うん。こちらこそ、よろしくね」
ランジュとそこまで親しくないジェイは、クラヴィスの登場を実は結構喜んでいた。男友達が出来たような気分で、城の中を歩く。
「カフェテラスなら誰かいるかもしれないな」
ジェイはそう呟くと、潮風の吹くカフェテラスに向かった。
案の定、そこにはルーリの姿が。
「おはよう、ルーリ。一人なのか?」
ジェイの言葉にルーリが振り向く。
「おはよう、ジェイ。それにクラヴィス。私も今日は休みでな、ここにいれば誰かが来るかもしれないと思って話し相手を待ってたんだ」
そう言ってルーリが微笑む。どうやら暇だったらしい。
「おはようございます、ルーリ様。昨日は素晴らしい魔術を見せて下さり、ありがとうございました」
「ああ。昨日は驚かせてしまったみたいですまなかったな。改めて、私はルーリ。雷系統魔術を使役する魔術師であり『魅惑』を専門とするサキュバスだ。よろしく頼む」
淡い紫色のドレスを身に纏い、ブロンドのミディアムヘアにウェーブをかけたルーリ。
クラヴィスに挨拶する為に立ち上がった彼女は、その美しさと優美な立ち居振る舞いで、早くも彼を魅了しそうだ。
「改めまして、クラヴィスと申します。何の力も持たない私ではございますが、皆様の足を引っ張ることのないよう精進致します。よろしくお願い申し上げます」
クラヴィスは頭を下げる。
内心、ルーリの美しさにドキドキしている。
彼女こそ、彼が思い描く身分高い女性の姿そのものだろう。喋り方はともかく。
「ルーリ様、お聞きしてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「サキュバスとは…種族名でしょうか?」
どうやら、彼は本物の夢魔を見るのも初めてらしい。
「ああ。正確には種族としては悪魔なんだが、基本的に『魅惑』魔術を使う夢魔と呼ばれる存在だ。『魅惑』とは、その名の通り相手を誘惑して魅了して恋に落とし、油断した隙に攻撃を仕掛ける。私の場合は雷を落とす」
油断してなくてもルーリの雷から逃れられる者はいない気がするけど。
「クラヴィス、気を付けた方がいい。ルーリは見ての通り絶世の美女だが、魅惑の死神という異名を持つ恐ろしいサキュバスだ。うっかりしてると襲われるよ。貞操の危機だよ」
「ちょっと待て。二日目から仲間の悪口はやめろよ。…そうだ。『魅惑』魔術もクラヴィスのお目にかけようか?」
「そ、それはやめてよ」
二人はなんだかんだ仲がいい。
「まぁ、それは冗談だ。…ところで、二人共せっかくだからコーヒー飲んでいけよ。いつまでそこに突っ立ってるつもりだ?」
ルーリに促されてクラヴィスが座り、ジェイもその隣に腰かける。
「クラヴィス。確かに私は夢魔だが、お前を襲うようなことはしないから安心していい。私の愛する御方はただ一人。つまり私が魅惑したい御方もただ一人だからな」
ルーリは彼を怖がらせまいと思って、そう告げる。
クラヴィスは頷いて、
「はっ。…貴女様のような美しい女性に愛されるとは、きっと素敵な御方なのでしょうね。お言葉に甘えまして、コーヒーを頂きたく存じます」
(ルーリ様の愛する御方というのは、流転の國にいらっしゃるのだろうか、それとも…)
クラヴィスは興味を持ったが、さすがにこれ以上聞くのは失礼だと思った。
昨日ルーリの恐ろしい雷系統魔術を目の当たりにして、その正体が夢魔だと聞いても怖気付かないクラヴィスは、ある意味強い精神力を持っている人物かもしれない。
《ルーリ!君が愛する御方とか言い出したらクラヴィスが混乱しちゃうだろ!》
《だって、私がマヤリィ様を愛しているのは事実だし。最初に襲わない宣言をしておけば、私を怖がらずに済むじゃないか》
ルーリなりの優しさである。
二人は念話で会話しつつ、クラヴィスの様子を見る。
彼は穏やかな表情でコーヒーを飲んでいる。
「この國のコーヒーは今まで口にした中で一番おいしいです。それに、お二方とご一緒出来て本当に嬉しく思います」
特にルーリ。
恋をすることは許されないにしても、美しいルーリの隣で飲むコーヒーは最高だとクラヴィスは思うのだった。