新しき顕現者③
「…それならば、物理戦を致しましょう。ご主人様、彼の得意な武器を使って、模擬戦を致したく存じます。勿論、私も同じ武器を使わせて頂きます」
ルーリが言う。魔力がないとすればランジュのように防御に優れているか、物理攻撃専門だと思ったのである。
(ルーリって物理戦もいけるのか…。一体どれだけ強いんだよ)
内心ジェイは思う。
マヤリィはルーリの物理攻撃の実力も知っているので、許可を下す。
「…いいわ。見せて頂戴。クラヴィス、貴方の得意とするところは何かしら。剣?槍?それとも体術?」
元の世界には魔法が存在しなかったのかもしれない。
冒険者であった彼がどんな能力を持っているのか、マヤリィは一層興味を持つ。
しかし、
「ご主人様、大変申し訳ございません。…このクラヴィス、武器を持たず、体術の才も持っておりません…」
クラヴィスはそう言ってひれ伏す。
「私は無力にございます。ご主人様をお守りする力を持たずして、なぜこの國に顕現してしまったのでしょうか。…ご主人様、本当に申し訳ないことにございます」
「…………」
さすがのマヤリィも驚いていたが、だからといって彼に失望したわけではない。
「顔を上げなさい、クラヴィス」
「はっ」
クラヴィスは恐る恐るご主人様を見る。
さぞかし落胆なさっているのかと思いきや、
「貴方のことを教えてくれてありがとう。顕現したばかりだというのに無茶を言ってしまったわね」
「め、滅相もございません、ご主人様!」
思いがけない優しい言葉に戸惑う。
「クラヴィス。貴方が魔力を持っていようといまいと、私の大切な配下となったことに変わりはないわ。きっと、貴方には貴方にしか出来ない何かがあるのよ。それが何なのかは、今は私にも分からないけれど」
マヤリィはそう言って、玉座から立ち上がりクラヴィスの傍に来る。
「貴方は私に絶対の忠誠を誓うと言った。その言葉が嘘でないなら、私の命令に従いなさい」
「はっ。どんなことでも致します」
何を命じられるのだろう。クラヴィスは少し怖かったが、マヤリィは優しい声で、
「これよりクラヴィスに自室を与える。まずは流転の國に、この國の仲間達に、そしてこの私に慣れるところから始めて頂戴」
「お部屋に…ございますか…?」
思いがけない言葉にクラヴィスは困惑する。
「そうだ。私達は皆それぞれご主人様から自分の部屋を与えられている。どうやら君にも部屋を下さるようだね」
ジェイが言う。
「わ、私のような者に部屋を…?」
「これは命令よ。黙って従いなさい」
マヤリィはそう言うと『転移』を発動する。
次の瞬間、クラヴィスは自分に与えられた部屋の前に立っていた。ジェイとルーリも一緒に転移した。
「ここよ」
マヤリィがドアを開ける。
中は皆の部屋と変わらない。
「このような綺麗なお部屋を私に…?」
クラヴィスは入口に立ち尽くしている。
「言ったでしょう?貴方は縁あってこの流転の國に顕現した者。まずはここに存在することに慣れて頂戴。その為にも、貴方の部屋は必要だと考えているの。…いいわね?」
優しくも威厳あるご主人様のお言葉。
「はっ。有り難き幸せにございます、ご主人様。このクラヴィス、ご主人様の仰せの通りに流転の國で生きて参ります」
クラヴィスは跪き、頭を下げる。
「これからよろしく頼むわよ」
「はっ!」
どうやらクラヴィスは本当に魔力も他の力も持っていないらしい。皆の心配を払拭する為にも『鑑定』を発動していたが、彼には本当に戦闘力というものが存在しない。かと言ってシロマのように回復魔法も使えないし、ランジュのように防御力に長けているわけでもないことが分かった。
「部屋の内装は好きに変えていいわ。ジェイ、この後は彼の服を見繕ったり、必要な物を揃えたりするのを手伝ってやってくれる?」
「畏まりました、ご主人様」
ジェイも普段とは違う調子で返事をする。
「では、私は玉座の間に戻るわ。何かあったら念話を寄越しなさい。…ルーリ、行きましょう」
「畏まりました、マヤリィ様!」
ルーリは嬉しそうに返事をする。
(マヤリィ様と玉座の間に二人きり…♪♪)
二人が『転移』してから、ようやくクラヴィスは自分の部屋に足を踏み入れると、
「…あの、ジェイ様…」
言いづらそうにジェイに訊ねる。
「どうかした?何か気になることでも?」
「はっ。大変失礼ながら、私の頭の中には一番大切な記憶が入っておりませんでした。ご主人様の御名は…マヤリィ様、と仰るのですか?」
(そうか、今ルーリが名前で呼んだから…)
この國のほとんどの者はご主人様の御名を呼ぶことはしないが、ルーリは皆の前であってもマヤリィを名前で呼ぶことが多い。
「そうだよ。あの御方の御名はマヤリィ様と仰る。流転の國の最高権力者にして、宙色の大魔術師と名高い御方。そして、誰よりも気高く美しく優しい女性だ。…この國の者は皆、彼女を慕っている。君にも分かるだろう?」
「はっ。本来であればご主人様のご期待に沿えない私のような者は下働きという形でしかお仕え出来ないと思っておりました。されど、ご主人様はあんなにもお優しいお言葉をかけて下さり、このような素敵なお部屋まで…」
そう言いながら、クラヴィスは感激のあまり涙を流した。
その後、ジェイはマヤリィに命じられた通り、クラヴィスの手伝いをした。と言っても、元々必要最低限の物は備わっている部屋なのだが。
「…ジェイ様、一つお伺いしたいことがございますが、よろしいでしょうか?」
「いいよ。何でも聞いてくれ」
そう言ってジェイは彼からの質問を待った。
クラヴィスは真面目な顔で、
「大変不躾ながら、本日お目通り叶いました時、私はご主人様のお美しさに心を奪われました。ジェイ様の仰る通り、誰よりも気高くお美しい御方であられると存じます」
そう言ってから、
「されど、ご主人様はいつもあのようなお姿でいらっしゃるのでしょうか?」
不思議そうに聞く。
「それは…ご主人様が女性らしからぬ姿に見えたということかな?」
「はっ。私が今まで目にしてきた女性とは異なるお姿であられましたので、少々気になりまして。…ご主人様はドレスなどはお召しになられないのですか?それに、御髪を短くなさっているのには理由があるのでしょうか?」
常識を覆されたような顔をしてクラヴィスが聞く。
(そうか、君もそっち側か…)
確かに、断髪にスーツ姿のマヤリィはとても女性らしい格好をしているとは言えない。
「いいか?よく聞いてくれ。ご主人様がお召しになられているあの服は、流転の國の正装だ。…そして、身も心も女性ながら、あのように短髪を好まれている。その理由については決して触れるな。たとえドレスを着ていなくても、長い髪でなくても、マヤリィ様が美しく魅力的であることは一目瞭然だろう?」
「はっ。とても麗しいお姿にございます」
クラヴィスはジェイが語調を強めたのを感じて、反射的に跪いた。
「ここでは、今の君が持っている常識とは異なる点が多々あるかもしれない。驚くこともあるだろうが、気になることがあればまずは僕に聞いてくれ。くれぐれも直接ご主人様に訊ねたりしないように」
「はっ。畏まりました…!」
そう言ってクラヴィスは頭を下げる。
そして、内心では、
(断髪の女性とは…美しいのだな……)
今までに見たことのない姿をした見目麗しき女性。
クラヴィスはご主人様の類まれなる美貌を思い出し、再び玉座の間に呼ばれることを楽しみに思うのだった。