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亜香里

学校の帰り道、晃は考え事をしながら歩いていた。昨夜の出来事が現実だったのか、夢だったのか、その答えを見つけられずにいた。何も変わっていないように見える日常が、どこか遠く感じられた。


「晃君!待って!」


突然、背後から透き通るような声が聞こえ、晃は足を止めて振り返った。そこには幼馴染の澤口亜香里が、風になびく栗色の髪を揺らしながら駆け寄ってくる。亜香里は整った顔立ちに、ぱっちりとした大きな瞳が印象的で、その瞳はまるで透き通るような美しさを持っていた。彼女は昔から学校でも評判の美少女で、見る者を引き込むような笑顔を自然に浮かべる。


晃は一瞬、彼女の姿に見惚れながらも、幼少期の記憶が蘇ってきた。かつては自分が小柄で、彼女にとって弟のような存在だった。しかし、いつの間にか背を抜かれ、今では自分が彼女を見下ろすほどに成長し、逞しい青年になっていた。


「亜香里…」


亜香里との幼少期の記憶が思い浮かぶ


両親を突然の事故で亡くした晃と奈月。まだ幼かった晃にとって、その喪失感はあまりにも大きく、彼の心には深い傷が残った。奈月は表面上は気丈に振る舞っていたが、弟の晃の心のケアをしなければならないという責任感が彼女を支えていた。親戚に預けられた二人は、慣れない新しい生活の中で何とか日々を過ごしていたが、晃の心には常に暗い影が差していた。


晃は、一見すると日常生活を送っているように見えたが、その胸の中では常に両親のことが思い出され、悲しみが消えることはなかった。特に夜になると、静寂の中で心の奥底に押し込めていた感情が湧き上がり、孤独と無力感に苛まれることが多かった。奈月が何度も励ましてくれていたが、それでもその悲しみは簡単に癒えるものではなかった。


そんな晃にとって、救いとなったのが隣に住んでいた亜香里だった。亜香里は同じ年で、晃が新しい生活に戸惑い、悲しみを隠して過ごす日々の中で、唯一自然な笑顔を向けてくれる存在だった。


ある日、親戚の家の庭で一人ぼんやりと過ごしていた晃の元に、亜香里がそっとやってきた。


「晃くん、一緒に遊ばない?」亜香里はまだ小さな手で、晃の手をそっと引いた。その笑顔は、晃にとって何よりも心が温まる瞬間だった。


晃は一瞬戸惑いながらも、彼女の誘いに応じて立ち上がった。彼女と一緒に庭の草むしりや、小さな遊びをするうちに、晃は少しずつ悲しみを忘れることができた。亜香里は、無邪気で自然体のまま晃に接してくれた。それが、晃にとっては何よりも救いだった。


「晃くん、また遊ぼうね!」と亜香里が帰り際に言った言葉は、晃の心にそっと残った。彼女と過ごす時間が、次第に晃にとっての心の安らぎとなっていった。


亜香里は、何も言わずに、ただ一緒に過ごしてくれた。晃はそんな彼女の存在が、自分をどれほど救ってくれたのか、当時はよくわからなかったが、今思えば、亜香里の優しさが彼の心の支えになっていたことを痛感していた。


亜香里は、あの頃と変わらぬ笑顔を見せた。


晃も少し微笑んでみせたが、その表情に力が入っているのを亜香里は見逃さなかった。彼女は心配そうな顔をして、晃をじっと見つめた。


「晃くん、なんかちょっと様子が変じゃない?大丈夫?」


亜香里の大きな瞳が晃の顔を真剣に見つめ、彼を見透かすかのようだった。彼女の瞳は柔らかくもあり、どこか芯の強さを感じさせた。その瞬間、晃は幼い頃の彼女の面影と、今目の前にいる美しい少女の姿が重なった。


「いや、大丈夫。ちょっと疲れてるだけ。」


晃は昨夜の出来事を話すつもりはなかった。現実か夢かもわからないままでは、誰かに話すのは躊躇われた。けれど、その言葉がどうにも信じてもらえないことは、亜香里の表情からすぐにわかった。


「でも、顔色良くないよ。無理してない?」

彼女は再び、その透き通るような声で問いかけた。晃はその心配そうな表情に逆に気づかされ、自分がどれほど彼女に支えられていたのかを感じる。


晃はふと彼女を見つめ返し、逆に言った。「いや、むしろ亜香里の方が疲れてるんじゃない?」


亜香里は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべた。その笑顔は、少し無理をしているようにも見えたが、彼女の美しさをさらに引き立てていた。


「そうだね、受験もあるしね。でも、お互い頑張らなきゃね。」


彼女の言葉は軽やかに聞こえたが、晃にはその背後に隠れた疲れや不安を感じ取ることができた。亜香里はいつも笑顔で周りを明るく照らす存在だが、その裏ではきっと自分なりにプレッシャーを抱えているのだろう。


「今日は塾があるから、また明日ね!」

亜香里はそう言って手を振りながら、晃に背を向けた。歩き出す彼女の後ろ姿は、風に揺れる髪が光を受けて輝き、どこか遠くに感じられた。


ふと、晃の視界が歪んだように感じた。その瞬間、亜香里の体がぼんやりと赤黒く光って見えたのだ。


「…何だ?」


それはほんの一瞬だったが、確かに晃の目に映った。赤い光が彼女の体を包み込むように広がっていた。晃は自分の目を疑ったが、亜香里の後ろ姿はすぐにいつも通りの姿に戻っていた。


「気のせい…なのか?」


晃はその場に立ち尽くし、遠ざかっていく亜香里の姿を見つめながら、不安と謎が入り混じった感覚に包まれていた。亜香里が放つ笑顔の裏に、何か重大な秘密が隠されているのではないか―そんな予感が晃の胸を締め付けていた。

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