目覚め
赤く染まった空を見つめる晃の前に、突如として現れた存在があった。瑠璃色の長い髪が風になびき、透き通るように白い肌、そして凛とした大きな瞳を持つ女の子だった。彼女の表情には強い意志が宿っており、晃と同い年くらいに見える。
晃は驚きと共にその場に立ち尽くした。どうして、こんな場所に突然彼女が現れたのか、理解できなかった。
「あんた…誰だ?」
晃は冷静さを保とうとしたが、声にはかすかな動揺が混じっていた。
彼女は一瞬晃の顔を見つめ、静かに微笑んだ後、口を開いた。
「私の名前はエレナ。時間がないの。…だから、手荒くなるけど、ごめんね。」
その言葉が終わると同時に、彼女の体が白い光に包まれ始めた。眩しいほどの光が周囲を照らし、晃は思わず目を細めた。
「何を…するんだ?」
晃の声は冷静さを保っていたが、心の中では警戒感が高まっていた。エレナの両手には、光輝く玉のようなものが生まれていく。まるで命そのものが形を成したかのように、純粋で強大なエネルギーが渦巻いていた。
「目覚める時が来たのよ、晃。」
エレナの声は優しさに満ちていたが、その言葉の意味がわからない晃には、不安が募るばかりだった。
突然、その光輝く玉がエレナの両手から解き放たれ、まっすぐに晃の方へと飛んできた。
「うわっ!」
晃は思わず身を翻し、逃げ出そうとした。しかし、次の瞬間、その発光体が彼に直撃し、体全体に激しい衝撃が走った。電流が駆け抜けるかのような痛みと共に、晃はその場に倒れ込んだ。
「何だ…これ…」
痛みと混乱で息が荒くなる。頭の中では言葉にならない恐怖が渦巻いていた。何が起きているのか理解できず、晃は無我夢中で逃げ出そうとした。
「待って、晃!」
エレナの声が追いかけてきた。
晃は走り出し、後ろを振り返ることなく全力で逃げようとした。しかし、ふと視界の隅に彼女が浮かんでいるのを見つけた。空中に浮かぶエレナは、まるで風に乗るように軽やかに、だが確実に晃を追いかけてきた。
「嘘だろ…飛んでる…?」
彼女は冷静さを失った晃に、再び強い声で言った。
「逃げないで!晃、目覚める時がきたのよ!」
彼女の言葉は強い意志を帯びていた。まるで、彼に与えられた使命を呼び覚まそうとするかのように。
「目覚める…?何を言ってるんだ…?」
晃は混乱し、さらに足を速めたが、体は徐々にその光に蝕まれ、動きが鈍くなっていく。目の前がぼやけ、意識が遠のきそうになるが、彼女の声だけははっきりと聞こえていた。
「あなたは光の使徒なのよ、晃!」
その言葉が晃の心に深く突き刺さり、彼の中に眠る何かがゆっくりと動き出していた。
晃は激しい呼吸を繰り返し、混乱の中で何が起こっているのか理解しようと必死だった。しかし、頭の中はぐるぐると回り、答えは見つからない。目の前に浮かぶルナの姿が、彼の目には異様に映っていた。
「やめろ!」
晃は叫んだが、エレナの顔には一切の動揺が見られない。彼女の目には、決意と使命感が浮かんでいた。
「あなたの力が必要なの…」
エレナは静かに言った。
その瞬間、再び彼女の両手に光輝く玉が生まれた。前よりも強烈な光が放たれ、玉は再び晃に向かって放たれる。
「くそっ、もうやめろ!」
晃は再び逃げようとしたが、体が動かない。次の瞬間、光の玉はまっすぐに晃に向かい、避けることなく彼に直撃した。
「ぐあっ!」
激しい衝撃が晃の体を貫いた。全身が強烈な痛みに包まれ、彼は地面に崩れ落ちた。まるで体が引き裂かれるような感覚に襲われ、息が詰まりそうだった。だが、何よりも心の中に湧き上がったのは、恐怖ではなく、怒りだった。
「何で俺が…!」
晃の心の中で、怒りが次第に膨れ上がっていく。理不尽な攻撃に対する抗いが、彼の全身を震わせた。
エレナは静かに彼を見下ろしながら言った。「あなたの力が必要なの。あなたは逃げられない。目覚めなければならない。」
「力だと…?俺にそんなものはない!」
晃は体を震わせながらゆっくりと立ち上がった。エレナの言葉が理不尽に思えてならなかった。どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか―その答えが見つからないまま、怒りは抑えきれなくなっていく。
「逃げるなんて、もうやめだ…!」
晃の声は徐々に怒りに満ちたものへと変わっていった。彼の目の奥に宿るものは恐怖ではなく、強烈な反発心だった。
次の瞬間、晃の体が青白い炎に包まれた。
「何だ…これは…?」
自分の体が、まるで意思を持ったかのように燃え上がっていた。青白い炎が晃の周囲を覆い、その熱はまったく感じないのに、強烈な力が体の中から湧き出てくるのを感じた。
エレナは少し驚いた表情を見せたが、すぐにその顔を引き締めた。「そう、それがあなたの力…目覚めつつあるのね。」
「黙れ!」
晃は叫びながら、拳を握りしめた。青白い炎はさらに強く燃え上がり、周囲の空気を震わせた。彼の怒りに呼応するかのように、力が渦巻き始めた。
「俺に何をしようとしているんだ…!俺は誰にも従わない!」
彼の言葉と共に、炎はさらに大きく燃え広がり、まるで彼自身がこの世のものではない存在に変わりつつあるかのようだった。
晃の体を包む青白い炎はますます激しさを増し、彼の周囲に圧倒的な力を放っていた。息を荒げながら、怒りに任せて雄叫びを上げる。
「うぉぉおおおお!!」
炎はさらに大きくなり、晃の体を中心に渦巻くように膨張していく。周囲の空気が歪み、晃自身の怒りと共鳴するかのように力が増幅していった。
炎がまるで生きているかのように、彼の周りを揺らめいていた。圧倒的な力が彼を包み込み、内側から外に向かって膨張していくような感覚が広がった。
しかし、同時に胸の奥に不安が渦巻いていた。この力は制御できるものなのか?突然の力に、自分が飲み込まれてしまうのではないかという恐怖が湧き上がってきた。
「この力はなんなんだ…?」
晃は心の中で自問していた。目の前で起きている現実は、これまで彼が過ごしてきた普通の生活とはかけ離れている。目を閉じれば、過去の穏やかな日常が蘇るが、それが今、遠ざかっていくことを感じていた。
エレナは、その光景を見て驚きを隠せなかった。彼がこんなにも強大な力を持っているとは、想像を超えていた。
「まさか、ここまでなんて…」
エレナは一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻し、晃に向かって叫んだ。
「晃!怒りに身を任せては駄目!その力をコントロールしないと…あなたが飲み込まれてしまうわ!」
しかし、晃は彼女の言葉を聞くこともできないかのように、怒りのままに炎を燃やし続けた。目の前にある全てが、無意味に思えるほどの怒りに支配されていた。
「うるさい!攻撃してきたびはお前の方じゃないか」
晃の叫びと共に、青白い炎はさらに巨大な柱となり、周囲の地面が震えるほどの力が放出された。あまりの激しさにエレナは一瞬後ずさりした。
「これ以上は危険…」
晃は突然目覚めた力に戸惑っていた。青白い炎が体を包み込み、抑えきれないほどのエネルギーが体内を渦巻いているのを感じていた。感情の高まりと共に、その力が暴走し始め、周囲の景色が次々と崩壊していく。
「晃、落ち着いて!」エレナの声が遠くから響いたが、晃の意識は焦りと恐怖に飲まれていた。
力が制御不能となり、建物の壁が崩れ、電柱が倒れ、車が宙を舞う。街は破壊され、逃げ惑う人々の姿が晃の目に映った。その全てが、自分の力によって引き起こされていることに、晃は愕然とした。
「これが…俺の力なのか?」晃の体は震え、恐怖と自己嫌悪が胸を締め付けた。
青白い炎はさらに暴れ、地面を裂き、周囲に破壊をもたらす。彼の力は、制御を失ったまま暴走を続けていた。
彼の暴走する力を止めなければ、晃自身が危険にさらされるだけでなく、周囲のもの全てが巻き込まれてしまう。エレナは決意し、自分の最大の力を解放することにした。
「晃、もうやめて!」
エレナの体は再び白い光に包まれ、その光は前よりもさらに強く輝き始めた。彼女は晃に向けて両手を広げ、彼を押さえつけようと全力を振り絞った。
「私の力で、あなたを抑えなければ…!」
彼女の持つ最大の力が、白い光となって晃に襲いかかった。光は晃の周りに巻きつき、彼の動きを封じようとした。
しかし――。
「きゃあ…!」
エレナの力は、晃の青白い炎に触れた瞬間、強烈な反発を受けて弾き飛ばされた。まるで弾かれたかのように、白い光が破られ、エレナは自身の力の反動で地面に叩きつけられた。
「エレナ!」
晃はその瞬間、目の前にルナが倒れる姿を目にした。激しい怒りに包まれていたはずの彼の心が、一瞬で静まった。青白い炎は次第に弱まり、彼の体から消え去っていく。
「俺は…何を…」
晃は震える手で自分の顔を押さえた。エレナが地面に倒れ、動かないのを見て、ようやく現実に引き戻された。晃はようやく正気に戻り、自分が引き起こしたことの重大さに気づいた。