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曲芸師の師弟【リメイク】

 大学のキャンパス内の一番大きい建物の隣には、二十五平方メートルくらいの四角い芝生が広がっている。


 主に入学して数ヶ月はレパートリー豊かに新入生が活動していた。

 ピクニック気分でレジャーシートを敷いて出来たての友人と昼食をとったり、

 フリスビーなどのレクリエーションをしたり、

 まだサークルに所属できていない演奏家が日陰でヴァイオリンを取り出して演奏したり――。

 

 新入生以外にも、時折近所の幼稚園か保育園の園児たちが列をなして芝生に遊びに来て、日向ぼっこをした。



  

 代々木公園のような、大きな芝生で行うような日常の縮小版のような風景が日常に広がる中、数ヶ月も経ってくると、ピクニック気分は飽きが来る。


 新入生は少なくなり、演奏家たちは音楽室を手に入れ、入れ替わるように"あるサークル"の人達が増えていった。

 

「あれ見てすごい! 中国独楽だ!」

 

「あの人ジャグリングしてる。お手玉でいくつ投げてるんだろう。六、七個?  すごーい!」

 

「あのボウリングのピンみたいなの、どれくらい重いんだろうね。空中にあんなに投げて、危なくないのかなあ」

 

 曲芸・大道芸サークルの人々が芝生でよく練習するようになる。道行く人々は、その大道芸の練習風景に見慣れるまでの期間、いつもは控えめに、たまに『おお〜』と大袈裟に感嘆の声をあげた。

 

 夏休みが入るころには芝生を日頃の通り道にしている人々にとって曲芸は日常になり、時折『すげー』と目を見張ることはあってもほとんどは芝生の"風景"の一つへとなっていった。




 

 

 芝生周りの移り変わりはここで落ち着くのであるが、曲芸サークルにとってはここからが「本番」である。

 

「先輩、なんで俺たち一年はあんまり芝生に出てこないようにさせられてたんでしたっけ」

 

 今年入サーした森中卓が、一学年上の真澄に質問した。

 

「それ、以前も教えたんだけどなー。曲芸って、すんごく上手い奴がやれば『すごい』が先に来るけどさ。中国独楽を建物五六階まで投げあげたり、棍棒を何本も同時に空中に放つんだ。当然危険な行為だろ? 数年前、ピクニックしてる人達に練習中の一年が中国独楽をぶっ込んだことがあってな。それで学生課と一悶着あって、活動禁止ギリギリまで行ったことがある。それは回避したいから、芝生が"落ち着く"まで一年には芝生は控えさすのさ」

 

 森中は『そうでしたそうでしたー』と言って、ジャグリング用のボールを三個持って芝生の中央に走っていった。

 

「なんかさー、真澄ちょっと舐められてない? それかあいつ自体が生意気?」

 

 真澄と同級である樋口が失笑しながら近づいてきた。

 

 手にはカクテル作りに使うカップやボトルが握られている。彼女はフレアバーテンダーであり、学業の傍らバーカウンターで働いている。バーパフォーマンスも曲芸の一種だ。

 

「まあ『鈍臭いガキが敬語を取り繕ってる』って感じだ。ほら見ろよあのボール捌き。ぎこちなさすぎて笑えるだろ」

「たしかになー。バーテンダーにはなって欲しくないな。けどさ、ピエロになるなら、すごくお似合いだと思わない?」

 

 真澄は森中のジャグリングを見て、お祭りや児童館のボランティアでピエロに扮してジャグリングする姿を想像した。確かに悪くない。様になっている。

 

 練習を眺める二人を他所に、森中は愚直に練習を続けた。十秒に一回はボールを落としてしまうので、実際にステージに立てるような状態では全くない。

 

「ま、そろそろ俺も練習するかな」

 

 真澄は練習用のカーゴパンツにパンクTシャツを来て、腕まくりしてウォーミングアップを始めた。彼はブレイクダンスとボール捌きを複合した曲芸を得意としていた。





 

「俺、先輩や樋口先輩みたいなかっこいいスタイリッシュな曲芸やりたいっす」

 

 数日後の昼食時、森中は真澄に打ち明けた。

 

「あー、うーん」

 

 真澄は快く返事することが出来なかった。森中は割と太めの体型であり、なおかつ鈍臭く運動は苦手と言った風だった。

 

 曲芸とは数多の種類がある。

 理論的数学的美しさをめざしたり、

 文芸的舞台表現をしたり、

 道化師のような滑稽と哀愁を目指したり、

 そして、ダンスや体操と合わせてスポーツ的に行うことも出来た。

 

 わざわざピエロの似合う森中がスポーツ系に向かうことはない。そう思っていた真澄にとっては、厄介な願いだった。

 

 ――まあ、ふくよかなルックスの奴がブレイクダンスでウィンドミルやって会場が湧くなんてこともあるからなあ。否定はしないけど。

 

「まずは基礎を磨かなきゃ意味ないだろ!三十秒間ボールを落とさない!そこからだよ」

 

 真澄は森中の肩を小突いて、その日の話は終わった。





 

 半月後。芝生中央には森中がいて、数メートル先にはサークルの上級生が六人ほど並んで森中のジャグリングを観ていた。この日は一年生の中間発表会である。

 

「よし!」

 

 森中は確実に成長していた。ボールはまだ「三十秒間落とさない」というほどには維持出来なかったが、一つの技を決めるのにミスなく終わらせることができるようになってきていた。

 

 しかし、上級生たちは森中の演技に微妙な、人によっては失望の顔を浮かべていた。


 森中が不安になって上級生達に評価を聞くと、歯切れ悪く『まあ、上手くなってたよ』というばかりであった。





 

 中間発表会が終わり解散した後、森中は一体自分の何がまずかったのかわからないまま、学食でご飯を買って、芝生の端っこのベンチに座って芝生中央をぼーっと眺めていた。

 

「……やめようかな」

 

「え、なんだよやっと上手くなってきたのに」

 

 後ろからする声に振り返ると、午前中の発表会には居なかった真澄と樋口が曲芸の道具を持って練習しに来ていた。

 

「それでなんでそんな黄昏てるんだよ、らしくない。話してみ?」

 

 樋口は森中の相談に乗り、その場で発表会の演技を再演するように頼んだ。

 

 一通り演技を終えたあと、真澄と樋口は顔えお見合わせて『やっぱりね』と声をハモらせた。

 

「上手くなった! でもぜーんぜん面白くない! 鈍臭い感じでおどけたようにジャグリングしてた半月前の方が見物だったね!」

 

 キッパリ言う樋口に対し真澄は『まあまあ』とあしらった。

 

「上級生の先輩たちもちゃんと批評してあげればいいのにね。ジャグリングに関わらず、なにかを表現するってなると、大抵一度は通らなくちゃいけない道だと思うんだ。個性が薄まる段階。下手っぴの時ってさ、下手さで個性が出るんだよ。しかも本人が狙ってやってないことがほとんど。でもさ、観客として見てる分にはその個性の部分が面白いわけ。それで練習していくと、その"個性"は一旦薄まっちゃうんだよね。これはどうやったって仕方の無いことだ。ワークショップとかで、臨時で人に教えて貰うんじゃなくて、付きっきりで師匠弟子の関係で教え教わるなら、師匠側はそのことわかってなきゃいけないんだけどね」

 

「練習を続けて行けば、また面白くなれると」

 

「続ければ、ね。ここでやめちゃうと一番つまんない状態で終わることになっちゃうぞー。前に話してくれたように俺らみたいな曲芸師を目指すか、道化師方向に進んで元々持ってた面白い動きを改めて手に入れるかは君次第だけど。まずはとことん基礎練だよ! ほら言っただろ、三十秒中一回も落とさずにボールを投げ続けること! そら!」

 

 真澄は森中のボールをひったくると、芝生の中央に乱暴に放り投げた。森中が走って取りに行く。

 

 樋口は『ひっでー、犬扱いかよ』と真澄に突っかかり、真澄は『うるせー』と言ってウォーミングアップを始めた。





 

 夏休み以降の芝生の日常。こうして、森中たちは学祭に向けて切磋琢磨するのであった。

 

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