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出会いと事件-5

 四十年間いだいていた感謝の気持ち。わたしが預かったのはそういうものと、わかっていたはずだ。

 そんなだいじなものを、奪われてしまった…………

「瑠璃ちゃん、しっかりして。まずは被害届を出そう。ヘインズ、あんたも一緒に来て証言してよ」

「わかった」

 どうもふらふらするので、門倉さんにつかまりながら検問所へむかった。


 応対してくれたのはブロンディさんという三十手前くらいの男の人で、マルテルの自警団の副団長だそうだ。

 型通りの検問をすませると、ブロンディさんのほうから被害がなかったかと聞かれた。

「鞄を、持っていかれてしまいました……!」

「旅行鞄か」

「そうです。大切な預かりものが入ってるんです。お願いします、取り戻してください……!」

 前のめりでそう訴えたが、ブロンディさんの返事は冷たかった。

「できればそうしたいが。確約はできない」

「……そんな……どうして」

 鞄が、せめてあの預かりものだけでも戻ってこないと、わたしは、進むことはもちろん帰ることもできない。

「鋭意努力はする。待ってもらうしかない」

「そんな、待つなんて……」


「そーれでなっとくできるわけないでしょー。こっちは急ぎの旅なの。のんびり待ってられないよ」

 言葉がしぼんだわたしの続きを、門倉さんが言った。

「さっき外で聞いたけど、襲撃三回目なんだって? やりかた乱暴だし、人数も多くなかった。見えたかぎりじゃ十人いたかどうか。アジトに残ってるの推定でいれたってたいした規模じゃないでしょ。アジト見つけたら捕まえるのは難しくないはず。今追跡はだしてんの?」

「………………残念ながら、さける人数がないんだ」

「人手不足ねぇ。町の人達だって被害に遭ってるんでしょ。いつまでも通用する言い訳じゃない。なにやってんのさ?」

 ドンッ!とブロンディさんが机を叩いた。その衝撃に机の上の書類やペンが少し浮きあがり、あちこちに散らかってしまった。

「なにが言いたい……!」

 完全に怒っている。

 門倉さん、どうしてそんなに挑発するようなことを言うのだろう。彼はチクチクと続ける。

「言葉どおりだよ。やるべきことやってよねーっていう。今のまんまじゃ被害ひろがるだけでしょ。頼りにならない自警団だねー」

 ちょ……門倉さん、それは失礼すぎる。どうしたっていうの、本当にへんだ。


 ブロンディさんは顔を真っ赤にして勢いよく立ちあがった。その拍子に椅子ががたんと倒れてしまう。彼はそれには目もくれず叫んだ。

「やかましいッ! 対象を護衛しきれなかったやつに言われるすじあいはない!」

「確かに俺は瑠璃ちゃんをちゃんと守れなかったけどね! それを責めていいのは瑠璃ちゃんだけだ! そもそもアンタらがハンパな対応してなけりゃ、こんなことに巻き込まれることだってなかったんだけどね!」

「こっちはギリギリで対応しているんだ、数日で解決できるわけがないだろうが! よそ者に首をつっこまれたくはない!」

「くッだらないね! 優先順位まちがえるなっつーの!」


 門倉さんとブロンディさん、二人してようすがおかしい。直接の被害者はわたしなのに、おいてきぼりにされている。

「おい。いいかげんにしろよ。その子、困ってるだろ」

 ヘインズさんが、ため息まじりに呆れた調子でそう言った。助かった。

「鞄、本当に取り返せないんでしょうか? 鞄がないとわたし、なんのために旅に出たのか……!」

「いや、我々は盗賊を捕らえる。必ずな。だが待っていてくれとしか言いようがない」


 これ以上ここでやり取りする意味はなかった。繰り返しにしかならない。とぼとぼと検問所を出るしかなかった。

 思ったよりも時間がかかっていたらしい。外は真っ暗だった。

 気分もお先も真っ暗だ。これからどうしよう。

 ヘインズさんとそこで別れ、宿へむかう。足が重い。


 不幸中の幸い、資金はほとんど手さげ鞄のほうに入れていたので、しばらく滞在することに問題はない。ないけれど、悠長に解決を待ってなどいられない。

 先を行く門倉さんの後ろを歩きながら、落ち込む気持ちをなんとかおさえて考える。

 できるだけ早く、鞄を取り戻さなくちゃいけない。具合いの悪い中浦さんのことを考えると、時間はあまりないのだ。

 それにあの鞄の中には、お預かりしたものが入っているのだ。お礼の品はともかく、ひとつは壊れた笛である。わかりやすい金銭的な価値はない。そういうものを盗賊がどうあつかうか想像はつかないけど、最悪、捨てられてしまうかもしれない。

 とんでもない事態を思いえがいて、体がぶるりとふるえた。

 冗談じゃない。そんなの絶対にだめだ。なんとか早く盗賊が捕まる手だてを考えないと。

 でもどうやって? わたしには戦う力なんてない。自分で取り戻すなんて不可能だ。

 わたしにできることはなんだろう?



 長距離乗合馬車を利用しているから宿は決まっていたのだけど、この盗賊騒動で足止めとなってしまった人がでたようで、一室しかあいていなかった。衝立があるそうなので問題なし。こんなこと前の旅でもよくあったから、すっかり慣れた。

 食堂で夕飯にする。なにも案が浮かばないのでふて寝したい気分だったのだけど、いい匂いをかいだら空腹に気づいたのだ。頭も働かないわけだ。


 部屋に戻り、今後の相談をする。

「で……あしたから、どうする?」

「待つしかないんでしょうけど…………あの、正直に言ってもいいですか……?」

「どぞー」

「自警団の皆さん、盗賊捕まえられるんでしょうか。なんだか不安しかなくて」

「時間をかけても五分かなぁ。かなり厳しいと思う」

 門倉さんは苦笑いして、今のままならね、と加えた。どういうことだろう。


 ふと先ほどのやりとりを思いだす。そういえば、どうしてあそこまで対立したんだろう。

「あー……あれはごめんね、びっくりしたよねぇ」

 くしゃくしゃと髪をかきまわし、

「ここのにかぎらないんだけどさ。自警団てのは自分たちでこの町を守るぞー! って気概の連中の集団なわけ。だから町の問題は自分たちだけで片づけたい。人手がたりなくったってね。でもさ、人手がたらなかったらふつうはどうする?」

「お手伝い、応援を頼みますね。ここの場合は、隣町とか……レナト同盟?」

「うん。でもここの自警団はそれをやってない。自分たちの意地プライドを優先して、結果町のことが二番目になってる。俺、そーゆーのイヤでさ。だからつい煽っちゃったんだよね」

 なるほど……それが「やるべきことをやれ」という発言の意味なんだ。

「このままだと町の人からも信頼されなくなりそうですね……」


 すなおに応援を頼んだらいいのに。目的のためにはできることをやらなくちゃ、達成できないも、の……

「あ、そうか。わたしが頼んじゃえばいいのか」

 ピン、とひらめいた。

「瑠璃ちゃん?」

「決めました門倉さん。あした、朝一番にレナト同盟に依頼に行きます!」

 鞄の奪還にわたしができることは、このひとつしかない。


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