出会いと事件-4
マルテルが見えてきたのは夕方、かなり薄暗くなってからだった。それでも御者さんから聞いていたとおりの時間だ。
よかった……これで気まずい車内から解放される……!
ところが、近づくと門のあたりに列が見えた。夕方の時間帯は確かに混雑するけど、マルテルの規模の町だと珍しい。
ガタンと馬車が止まった。あれ? 検問所まではまだあるのに。
「すいません、皆さん。状況を確認してきますので、このままお待ちください」
御者さんがそう言って、馬車を離れていった。
「なにかあったんでしょうか?」
「だろうねぇ。情報が先行して警戒してるってこともあるし」
門倉さんは言って、ちらっとヘインズさんに視線を走らせる。ヘインズさんは気づいたのかどうなのか、難しい表情だ。
わたしは外に出てみることにした。もういいかげん息苦しくてしかたがない。体も伸ばしたかったし。門倉さんも馬車からおりて、体をほぐしている。視線は馬車の中から離れない。
「検問にずいぶん時間をとっている感じですね」
目をこらして検問所を見てると、通行証を見せるだけでなく、なにかやりとりしているのがわかった。
「お待たせしました……!」
小走りに御者さんが戻ってきた。
「ええと、最近ここマルテル付近で盗賊騒ぎが相次いでいるそうなのです。そこで検問を強化し、不審人物を洗い出しているとか。馬車に乗車したままの通過は認めないとのことで、皆さんには申し訳ないのですが、ここから歩いていただかねばなりません」
「わかりました」
「順番待ちのあいだは乗っていてもよいそうですが」
相談の結果、ほかの人たちと同じように外で並ぶことにした。寒いけれど、今は外の空気を吸っていたい。
馬車から荷物をおろしてもらい、検問待ちの列に並ぶ。ヘインズさんも拘束をとき、同様に並んだ。
多いと思ったけれど二十人いるかいないかなので、それほど待たされないんじゃないかと思った。
「それにしても盗賊ねぇ……」
「あの……ヘインズさんが盗賊って、思ってます?」
わたしは小声で訊いてみた。きっぱりうなずくと思ったら門倉さんは、
「うーん、実はビミョーなんだよね」
と顔をしかめた。
「あんなへんなところで馬車に乗せてくれっていうの、あからさまにあやしいでしょ? もうあやしんでくれって言ってるよーなモンでさ。それがへんなんだよね」
盗賊というのは、さりげなく入りこんで仕事をするもの……らしい。堂々と押しいるのは強盗で動きや気配が違うのだそうだ。
「それにあいつ、身のこなしが普通だし……うーん」
門倉さんはうなって考え込んでしまった。
盗賊か……こういう事件に遭遇するのは初めてだ。以前の旅ではあちらこちらに行ったけれど、一度もあわなかった。きっと幸運なことだったのだろう。
ふ、と門倉さんが顔をあげた。真剣な表情で周囲を見わたし、
「なにか、来る」
緊張を帯びた声音に、わたしは身をかたくした。あたりはさっきより暗くなってきていて、灯りがないとそろそろ動きづらい。
そこへ、ドドドドド……と、地響きが聞こえてきた。どこからだかはわからない。というより、音に包囲されている感じだ。
ほかの検問待ちをしている人たちも気づいたのだろう。ざわざわと不安と緊張が広がってゆく。
「キャアァ――ッ!」
突然悲鳴があがった。驚いてそちらに目を向けると、何頭もの騎馬が突入してきていた。
「出たぞ! 盗賊だ!」
「捕らえろッ!」
え……と、とうぞく……盗賊!?
突然のできごとに言葉の意味がよくわからず、一瞬ぽかんとしてしまった。
「皆さん外壁へ! 避難してください!」
検問係の人が誘導する声がする。
「瑠璃ちゃんこっち!」
ぽかんとしていたら、門倉さんにぐいっと腕をひっぱられた。驚きと混乱が、体を動かすのを邪魔している。足がもつれる感じで、うまく走れない。
横から誰かにぶつかられ、わたしはよろめいた。その拍子に、門倉さんの手が振り払われてしまった。
「あっ……!」
「瑠璃ちゃ……」
門倉さんの声は、ほかの人の悲鳴と怒号にまぎれてしまった。ああ、はぐれた……!
呆然としたのは一瞬だったと思うのに、逃げ惑う人にぶつかり、わたしは周囲の状況がまったくわからなくなっていた。
とにかく避難しなきゃ……! 外壁はどっち!?
人の流れがばらばらだし、暗くなってきているので方向がよくわからない。どうしよう怖い……!
「おいアンタ! 危ねェッ!!」
おろおろしていたわたしを、誰かが突き飛ばした。地面にころび、その直後、後ろを、なにか大きなものがとおりすぎる気配がした。
もう立てなかった。腰が抜けたとかじゃなくて、こわくて体が動かない。
「――――瑠璃ちゃん!」
とうとつに門倉さんの声がすぐそばで聞こえた。顔をあげてみれば、本人が横にしゃがみこんでいる。
「か、門倉さん……」
「ヤツらは逃げたよ。……ケガはない?」
「あ、は、はい……」
突きとばされてころがったものの、運よくケガはしなかった。体がすっかりこわばってしまったので、さしだされた手にすがって立ちあがる。
「門倉さんも、ケガはしていませんか?」
「ん、俺はヘーキ。ごめんね、はぐれちゃって。怖かったよね」
ぽんぽんと頭をなでられた。恥ずかしさもあったけれど、それよりなぜかずっと安心し、緊張がほぐれる。
「あ、そうだ鞄……」
ころがった瞬間に手を離してしまっていた。大切な預かりものが入っているのに、わたしときたら、まったく……
「あ、れ……?」
まわりにはなにもなかった。包み一つころがっていない。
「え、え……あれ、わたし、ここでころぶまで、ちゃんと持って……」
「アイツらが持ってった」
この声は、わたしを突きとばして助けてくれた人の声だ。ぱっとふりかえると、知った顔だった。
「あ、ヘインズさん……」
「たまたま見てたんだ。アイツら、放り出された鞄を拾っていった」
「え……鞄を、持っていった……?」
ええと、ええと。それはつまり。
ザァッと血の気がひくのがわかった。足下がふらふらする。
大切な鞄を、奪われた――――……