出会いと事件-2
出発してから二日目。昼すぎに真穂呂国を出た。休憩以外では予約客がいないかぎり町には止まらないので、この早さだ。ちなみに国境で御者と馬が交代した。
今走っているのは山岳地帯。馬車の幅ぎりぎりの街道は、山あいを縫うように通っている。このあたりは落葉樹がほとんどみたいで、窓から見える山肌は細い枝ばかり。秋なら紅葉が楽しめるんだろうけれど、冬は寂しい景色が延々と続く。街道は周辺の国やギルドが出資しあって整備されているので、魔物や妖魔の心配もそれほどないので安心だ。
地図を見ると、この一帯はどこの国の領土にもなっていない。裾のほうはなだらかだけど、急にけわしくなる山の形。さらに平地がなく、海側は断崖絶壁が続く。住む人はいない。
そういうところで怖いのは、魔物や妖魔よりも人だ。いわゆる山賊ね。出ないようにと祈っているしかない。
「俺はけっこう大丈夫だと思ってるよー?」
門倉さんがのんきに言った。
「だってあいつら、獲物はきっちり見定めるからね。この馬車は長距離用で、まぁ狙われやすいほうになるんだけど、今いかにも軽いからさ」
「……? 軽いって?」
「荷物が少なそうってこと。馬車がいっぱいだと、もっと速度落ちてるよ。あいつらはそーゆうのを狙う。襲いやすいしね」
「そういうものですか」
そうであってくれと願うばかりだ。
日がかたむくと、山はいっきに暗くなる。宿泊施設を兼ねている停留所に着いたのはかなり暗くなってからだった。
門倉さんが御者を手伝って荷下ろしや馬の世話をしているあいだ、わたしは宿泊施設を確認してまわった。こういう共同施設では、客も動く決まりだ。
台所兼食堂の灯をつけて、暖炉に火を入れた。建物は大きくないからすぐあたたまるだろう。
それから建物脇の井戸から水を汲むために、外に出た。暗いけど、部屋の灯がかろうじて届いているので作業するのに問題はない。
水瓶いっぱいに汲んでおかないとならないので、水桶を両手に何度も往復する。たった一晩とはいえ不測の事態に備えるためだ。出て行くときは全部捨てて、水瓶を清潔に保つようにする。
その何度目かのとき、なにかが聞こえた。
鳥、ではなさそう。日も暮れているから夜行性の鳥の鳴き声という可能性もあるのだけど、でも鳥じゃないと思う。音楽みたいな。
かすかなその音はすぐに聞こえなくなった。
うーん、気のせいだったのかな?
作業に戻り水瓶をいっぱいにすると、お湯を沸かすためにやかんを暖炉の火にかけておく。
さてと、食料はなにが置いてあるかしら。
街道の整備には停留所も含まれ、宿泊施設も入っている。でも施設内の食料などの消耗品は、乗合馬車のギルドが担当だそうだ。前回便の御者が戻ってくるときに補充するのが規則らしい。
食料庫を見分しているところに、門倉さんと御者さんが入ってきた。
「瑠璃ちゃん、お茶用意してくんない? ご飯は俺作るから」
「あ、はい」
いわゆる野外料理は、門倉さんはうまい。手慣れてるし。
「どうぞ、お疲れさまです」
「これはどうも」
探し出したカップにお茶を注ぎ、御者さんに出した。
「部屋はいかがでした、足りないものは……」
「大丈夫です。毛布もたくさんありましたから、寒くないと思います」
「ここは山の中ですからね、夏でも冷えるんですよ。だから毛布はいっぱい置いてるんです」
世間話をしているうちにいい匂いがして、門倉さんが完成を告げた。
門倉さんが作ってくれたのは野菜スープだ。火が早く通るようにほとんどが小さくきざまれている。だいたい同じ大きさなのが見事だ。うん、ほんと、手慣れてる。
それに乾パンが本日の夕飯メニューとなった。いただきます。
「あそーだ、塩補充したほうがいいよ。しばらくは足りるだろうけどー」
「わかりました」
御者さんは忘れないようにと、手帳に書きつけた。
「いっぱい作ったから明日の朝もこれね。マカロニ見つけたから、それ入れよっか」
「あ、おいしそうですね」
真穂呂ではマカロニはあんまり見ない食材なので、ちょっと嬉しい。
のんびりした雰囲気で、食事を終えた。お茶を飲んでいたら、外から鳥の鳴き声が聞こえた。今度こそ夜行性の鳥の鳴き声だ。
そういえばあの音楽らしきもの、二人は聞いただろうか。
「音楽? んーん、俺は気がつかなかったよー」
「私も特には……」
「そうですか。じゃあ空耳だったのかな……」
「疲れた?」
「んん……座り疲れみたいな気はしますけど…………あ、気にしないでください。わたしも聞こえたような気がしたていどだったので、確認したかっただけなので」
「そ? でも早めに横になっておいたら? えーっと、この先だったよね、道キツいの」
「ああ、はい。少々高低差の大きい区間があります。そこで気分を悪くされる方もおりますから、今晩はしっかりとお休みになったほうがよいですよ」
馬車で気分悪くなった経験はないけど、アドバイスに従っておこう。どちらにしろ明日の朝は早いのだ。
翌朝、寒さで目が覚めた。毛布をいっぱいかけて寝たけど、やっぱり寒いなぁ。
日の出前なので外は暗い。手探りで灯をともす。
身支度をととのえ、使った寝具を所定の位置にしまい、忘れ物や落とし物をしていないか確認。うん、よし。
ふと窓の外を見た。風が吹いて枝が揺れるのがぼんやりと見える。
「うん?」
灯りが見えた。時々見えなくなるので気のせいかと思ったけど、だんだん近づいてきている。
なんだろう……人、だよね? でもなんでこんな時間に、こんな場所にいるんだろう?
――もしかして山賊、とか!?
なにはともあれ、門倉さんと御者さんに知らせないと…………!