出会いと事件-1
第2章です。よろしくお願いします。
前の旅でもお世話になった長距離乗合馬車は、街中を走っているものよりはるかに乗り心地がいい。座席の座り心地、車体の振動の少なさ、ゆったりと使える車内……すべてが快適である。
そして今はまだ早朝。
わたしはいつの間にか眠ってしまっていたのだった。
ぱちりと目が覚めた。よく寝た……!
どれくらい眠ったんだろうと体を起こして、わたしは門倉さんによりかかっていたらしいことに気がついた。
うわあぁあ。
そっと横をうかがってみると門倉さんも眠っているようだった。たぶん怒らないと思うけれど、わたしはそっと門倉さんから体を離した。馬車の中だからそれほど距離はとれないけど。
でもわたしが身動きしたので、起こしてしまったようだ。
「どーかした? 瑠璃ちゃん」
「あ、すいません。よりかかってしまっていたみたいだったので……」
門倉さんは一瞬きょとんとしてから、あははーと笑ってけろりと言った。
「俺がそうしたんだよー。瑠璃ちゃんそっちの角に頭ぶつけててさ。痛くはなさそうだったけど、気になったからねぇ」
「そうだったんですか? それなら起こしてくださってよかったのに」
「だーって頭ぶつけてても起きないんだよぅ? そんだけ寝てるの起こせないよー」
いや……その、長距離乗合馬車でよくある状況ではあるのだけれど…………恥ずかしい……
恥ずかしさで沈んでいるわたしの横で、「あーよく寝たぁ~!」と門倉さんは気にした様子もなく体をほぐしていた。お客さんがほかにいないから遠慮がない。
わたしもちょっとだけ伸びをした。う、かたくなってる。
「さて瑠璃ちゃん。打合せしてからこっち、新しくわかったことはないの?」
「まったく……エイテスを見かけたことがあっただけでも、すごいことだったんだと実感しました。本当に交流がないんですね。エルフよりも閉鎖的で……」
「んーそうだね。歴史的な問題があってねー」
「ご存じなんですか?」
「……人身売買、だよ。これは知ってるよね?」
当然だ。
「人が奴隷として……また芸術品扱いで取り引きされていたんですよね。いえ……されている。未だ撲滅できていないって授業で知りました」
「うん。その記録がさ。そこそこ残ってるのは数が多い種族。それでも民族単位じゃ残ってないこともあるんだよ。で……中でも少ないのがエイテスなんだ」
「そもそも数が少ないから……ですか?」
「んーん。希少品扱いだったんだよ」
希少品だと記録が少ない……? 物品ならその場合高値がついて、売買記録はその証拠になるからしっかり残す。買い手が自慢するための道具にもなるから。それがない、少ないというのは……
「……闇取引……?」
「ん、正解。歌や音楽が目当ての希少な芸術品扱いで、とんでもない金額がつけられてたって話だよ。で……こっからもっと胸くそ悪いんだけど」
門倉さんはぐ、と顔をゆがめた。
「芸術品扱いだから、記録としては物扱いだったんだよ」
――――そんな。
「それだから実態解明がすっごくたいへんで、助けるのが遅れたんだって。だから彼らエイテスは、エルフよりずーっと閉鎖的なんだよ」
「それはそうなりますよね……」
撲滅できていないし、ずっと尾を引いている。
「……中浦さんがエイテスに助けてもらった……というのは、奇跡みたいなことなんですね」
「俺それ聞いたとき、耳うたがったよー。そんなんある? ってさ」
わたしが驚いた理由は、エイテスがほとんど出会えない種族だからだった。出会えない理由があったのだ。
中浦さんが四十年恩を感じ、返したいと思う理由が、少しわかった気がする。
そして同時に、旅の難しさを痛感した。
「『賢者の塔』で情報、見つかるんでしょうか……」
「うぅん……どうだろーねぇ……て瑠璃ちゃん、出発前に依頼人からノート渡されてたよね。探した記録みたいなこと言ってなかった?」
あぁ、そういえば。
渡されたノートは長年使いこまれたもので、パラパラとめくると最初と最後ではインクの色にそうとうな差があった。あたまのほうはかなり薄まっているけれど、後ろの数ページはきのう書いたかのようなあざやかさだった。
「読んでみますね」
日が昇り、車内でもじゅうぶん読める明るさだ。わたしは丁寧にノートをめくった。
「――えっ」
驚きすぎて声が出てしまった。
「どしたの瑠璃ちゃん?」
「…………クィシアが育てている木と、そのお茶について、わかってしまいました……」
さすがに四十年の探索記録である。
「やったじゃん。で、どんな木でどんなお茶なの」
「まず木は、名前はクィリというそうです」
空中で一生をすごす浮遊種。種は浮かないが芽吹くと宙に浮きはじめる。風に流されながら移動するため分布域は広範囲。比較的暖かい地域で目撃される。
「え、なに、木がもともと浮くの!? あははなにそれ!」
「それからお茶ですが、テテ、という名前だそうです」
わたしが知っているものとはだいぶ違うようだ。まず茶葉と実でひと揃い。茶葉は乾燥したもので、実は薄切りの糖蜜漬けされたもの。カップに両方入れて、そこへお湯をそそいで飲むらしい。
お茶に甘い果実が入るとどんな味になるのかしら……
「市場にはほとんど出まわっていないみたいです。お茶の問屋さんの中浦さんもそう言っていましたから、クィシアの人たちがなにかの縁で少し売ったりするくらいなんでしょうね」
そのほかには、中浦さんが遭難したおおまかな空域、クィシアを探した地域・空域などが書かれていた。
「うわさの笛は?」
「笛についてはわからなかったみたいなんです。わたしも楽器事典とか調べてみたんですが、あんな形の笛はなくって」
「そーなんだ。まぁ独自の文化だよね、木の遊牧なんてさ。じゃ塔ではなに調べる?」
「……クィリについて、もっと調べてみます。詳しい分布域と、中浦さんの探索記録とを合わせて飛空艇乗りに見てもらったら、なにかわかったりしないかな……と」
「りょーうかーい。じゃー俺は飛空艇乗り探しておくよ。リスト作っとくー」
わたしが問い合わせるよりもずっと的確な人材にあたれるだろう。自分でやれることはやりたいけれど、まかせたほうがいいことは頼む。遠慮はしないこと、と門倉さんと約束している。
「ありがとうございます。助かります」
「あーまだ気合いはいれないよーに。疲れちゃうよ」
しかめつらしく門倉さんが言うので、思わず笑ってしまった。
そう、ティマ・サガナまでは一週間かかる。先は長いのだ。