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空の木の島-6

 お父さんが前もって知らせておいてくれていたから、中浦家の人にはすぐに話はとおった。

 ……さすがに、エイテスをつれているのには驚いていたけれど。

 いきなり大人数では驚くと思うので、まずはわたしだけが部屋におじゃました。


「あぁ……お帰りなさい、瑠璃さん」

「ただいま帰りました、中浦さん。お加減はいかがですか……?」

 最後に会ったのは出発のときだった。それから十日近くで、中浦さんはまたいっそうやつれたようだった。布団の上で体を起こしているけれど、その状態でいるのもつらそうだ。

「きょうはとてもいいんですよ……! なにしろ、瑠璃さんが帰ってくるとお聞きしましたからね」

「じゃあ、もっと元気になれることがありますよ。中浦さんに会いたいっていうかたを案内してきているんです。入ってもらっていいですか?」

「かまいませんが…………どなたでしょうか?」

 不思議そうな中浦さんをそのままに、わたしは扉を開けた。


 そこで待っていたカ・ジンロさんが、ゆっくりと入ってくる。その後にカ・メイロさんとユさんが続く。門倉さんは入ってこなかった。たぶん遠慮したんだろう。

「あ――……あなた……は……!」

 とたんに中浦さんは咳き込んだ。わぁっ、驚かせすぎた!?

 慌てて白湯を作り、さしだした。しばらく介抱していたら落ちついたようだった。よかった。


「……久しいな」

「ええ……お久しぶりです」

 中浦さんはゆっくりとした動作で布団を押しのける。もしかして、座りなおしたい……のかな? 体を動かすのもつらそうなので、わたしは中浦さんを支えて動作を手伝った。

「ありがとうございます、瑠璃さん。もう、すっかり衰えてしまって……わずかな動きでさえ、このありさまです。せっかく……来ていただいたのに、おもてなしすることも……かなわず……」

「……老いは、必ず訪れる。人間は早い……それだけだ」

「そうですねぇ。…………ところで、今さらですが、お名前を教えていただけますか? あのとき伺えなかったものですから、ずっと知らないままなのです」


 わたしに話をしにきたあの日、助けられたとき、名前を教えてもらえなかったと言っていた。それがわかれば自分で探し出すこともできたかもしれないけれどと、悔しそうだった。他種族だから、二度と関わることがないだろうから……だから名のってもらえなかったのだろうと、寂しそうに言っていた。

 でもカ・ジンロさんに会ってみてわたしは、じつは違うんじゃないかなと、思っている。無口なこの人は、名のり忘れただけなんじゃないかって。失礼だから訊けないけれど。


「ツェルト・カ・ジンロだ。ナカウラ・トウエモン」

「私の名を、覚えていてくださったんですね……!」

 嬉しそうな中浦さんに、カ・ジンロさんはうなずいた。そして持っていた袋から、あの寄木細工の小箱を取り出した。

「あのとき置いていった茶と、この見事な品の礼を、言いにきた」

「いいえ、とんでもない。私こそ、改めてあのときのお礼を申し上げます……本当に助かりました。ありがとうございました……それと、お借りした笛を壊してしまったこと――」

「コカリが壊れるのは、当然だ。いつかは壊れるもの。謝罪はいらない」

「……さようですか」


 中浦さんはゆっくりとうなずき、横に座ったままだったわたしをふりかえった。

「瑠璃さんに託して、本当に正解でしたね……届けていただけただけではなく、連れて来てくださるとは。さすがに想像していませんでしたよ」

 穏やかな笑顔が本当に嬉しそうで、わたしの頬もゆるむ。

「わたしもこんなに早く中浦さんの依頼が果たせるとは思ってなかったです。旅の話は、改めてお話しに来ますね。いろいろあったので、自分でもまとめられてないんです。…………あ、しまった、おみやげのテテ、お父さんに預けちゃった……!」

「おや……では、まだがんばっていなくては。楽しみにしていますね」


 それからカ・メイロさんとユさんを紹介し、寄木細工のことを話したりした。

 でも中浦さんの体力はもうあまりないみたいで、あっという間に疲れていくのがよくわかった。喜んでもらえても、無理はさせたくない。

「おみやげを持って、また来ますね」

 わたしたちは中浦家をあとにした。



 その夜はお父さんの提案で、ユさんたちとトーマさんの歓迎会だった。

 橘貿易の従業員にまじって吉備津さんが会場設営、つまり座敷の飾りつけをしていたのには、少々あきれてしまった。旅の出資者だし、いるのはもちろんいいのだけれど。

 なごやかにはじまった歓迎会は、時間が進むにつれてもりあがり、とても楽しい時間になった。きょうだいの演奏にはみんなが聞き惚れた。


 そして翌日、もう帰ると言われたので驚いた。島を案内してくれたお返しをしようと思っていたのに。

「ありがとう。でも長く島を不在にするのはバレるとまずいからね。それに僕ら、お金持って来てなかったし……おじさんは初めからそのつもりだったみたい。もともと、人が多いところ嫌がるし」

 苦笑いしたカ・メイロさんの言葉に、わたしはとても納得した。


「きっちり支度して、遊びにくるよ」

「またルリのとこ泊まってもいい!?」

「うん、ぜひ来て! あ、でもそのときは先に、ちゃんと手紙で知らせてね」

「はぁーいっ」


 途中まではトーマさんの船に乗せてもらうのだそうだ。飛び続けても帰れるけど、トーマさんの次の運び先と方向が近いということで、便乗することになったらしい。

 トーマさんへの支払いは、吉備津さんとお父さんの出資金を遠慮なく使わせてもらってきっちりすませた。そしてもちろん、今後のために連絡先も教えてもらった。


 見送りはわたしと門倉さんだけ。お父さんも来たがっていたけれど、仕事がある。

 飛空艇がゆっくりと上昇する。カ・メイロさんとカ・ジンロさんは船の通路に立って、ユさんは船に乗らず、その近くを飛びながら、わたしたちに向かって手をふっていた。

「またね、ルリー! リヒトー!」

 きっとまた会おうと、わたしも両手をふりかえす。

「またね!」

 そうして、わたしたちは別れた。



 それからまた数日後。

 中浦さんが亡くなった。


 あの日から具合がどっと悪くなって、眠るように息をひきとられたそうだ。

 お葬式に行ったら、中浦さんがわたし宛に書き残したという手紙をいただいた。

『長年の願いを叶えてくれてありがとう』

 品のいい模様の入った一筆箋に、ふせっていた身だとは思えないみごとな筆跡で、そう書かれていた。そういえば、出発間際に渡されたノートの字も読みやすかったなと、ぼんやりと思い出す。

 遺族の皆さんにも同じことを言われた。わたしたちが訪問した日、それは嬉しそうだったのだと。思い残すことなく、未練なく旅立てただろう、ありがとう……と。


 手元に、渡せなかったおみやげが残った。わたしはお父さんと吉備津さん、そして門倉さんを呼んで、テテを煎れた。

「おいしいなぁ。お父さんはこれ、好きだな」

「うーん、いい味だが……私にはちょっとクセがあるように思うね」

「あれー、似た者同士だと思ってたけど、意見分かれたねぇ」

「お父さんたちの意見があったときって、ろくでもないことの前兆のような気がします」

「はっはっは。今後に期待してもらおうかな」

「否定してください!」

 客間がなごやかな笑いで満たされる。


 旅のことを話しながら、中浦さんと飲みたかったな。そんな寂しさを、テテの香ばしさとわずかな甘みがほっこりと慰めてくれた。


 テーブルに置いた、中浦さんの手紙。その横に、コカリと今回の旅の手帳が並べられている。

 中浦さんのために始まった旅だったけれど、たくさんのものを得たのはわたしだ。

 いつか、自分のための旅をしたいと思っていたけれど、はじまりは誰かのためでもいいのかもしれない。旅をするのはわたし自身だから。

 行きたい場所への風を呼ぶ笛、コカリ。今のわたしが吹いたら、どこへの風を呼ぶんだろう。

 ふと目をやった窓が、冬の強い風にたたかれてかすかな音をたてた。


終わり


これにて完結です。

なお今さらですが、タイトルは「かぜをよぶきてき」と読みます。


読んでくださってありがとうございました。

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