空の木の島-5
翌朝。カ・ジンロさんが中浦さんに会いたいので、わたしたちの帰途に同行したいと言いだした。もちろん大歓迎だ。中浦さん、きっと喜ぶだろうな。
そして、ならばとカ・メイロさんとユさんきょうだいも真穂呂に来ることとなった。
身支度と荷の積み込みまで終わったのだけれど、ヘインズさんは難しい顔で操舵室から出てきた。
「現在位置はどうにかなったが……航路がさだまりそうにない。エーテルが濃すぎて、機器が不安定だ」
「そりゃあ、クィリが育つ場所だからね」
ほがらかにカ・メイロさんは返す。
「でも、きのうと同じように浮いていられるんだよね? それなら問題ないよ」
そうして、はい、とわたしたちに渡されたのはコカリだった。
「あぁ、風を呼ぶんですね!」
「ルリさんかリヒトが吹けば、真穂呂への風を呼べるはず」
「なら、俺にまでよこしてくれなくても」
「おじさんからのお礼だってー!」
こくりとうなずいてみせるカ・ジンロさん。これ、一晩のうちに作ってくれたのよね……すごい。
うれしいな、とてもすてきな記念品だ。
わたしの手のひらにすっぽり収まってしまう、小さな笛。よく見ると、カ・メイロさんやカ・ジンロさんがさげているコカリとは形が違う。手の指くらいの太さで、音階を作る穴がない。
風がふいたらすぐに船が出せるよう、ヘインズさんは操舵室へ戻った。残りのわたしたちは甲板に集まっている。広くない甲板に五人もいると、さすがに狭い。
「んじゃ俺吹いてみるよ」
「行きたい場所……この場合、帰る場所を念じながら吹けばいいから」
カ・メイロさんの助言にうなずいて、門倉さんは小さな笛を吹いた。草笛みたいな甲高い音だ。でも耳に痛くないのは、木製だからかな?
「わ……っ!」
四方八方から風が吹きつけてきた。髪の毛や着物がばたばたとはためくので、あわてて押さえた。
しばらくして顔をあげると、ユさんたちが妙な表情をしてわたしを見ていた。髪がひどいことになっているのかと頭に手をやったけれど、思ったよりだいじょうぶだった。
「……あれ?」
ユさんの髪も長いのに、舞いあがっているのはわたしの髪の毛だけだ。なぜか、わたしだけが風にふかれているようだった。
門倉さんが吹くのをやめると、風もやんだ。
「真穂呂の方向って、わかりました?」
妙な表情のまま、きょうだいがそろって首を横にふった。年が離れているはずなのにこの二人、ときどきまったく同じ動きをする。
「わかったのはー、別のこと!」
「別の……? なに?」
「ひ・み・つっ!」
ユさんはなんだかやたら楽しそうに笑った。気になるんだけどな……
「あー、失敗?」
「リヒト」
首をかしげた門倉さんの肩をカ・メイロさんがたたき、甲板の端まで引っぱっていって、なにやら耳打ちした。
「え!?」
大声をあげた門倉さんがこちらをふりむいた。目が合ったのでなにを言われたのかなぁと見つめ返したら、とたんに真っ赤になった。
「ど……どうしたんですか、門倉さん?」
「い! いやなんでもない、なんでも!」
頭と両手をふる動きはなんだかぎくしゃくしている。本当にどうしたのかな、カ・メイロさんになにを言われたんだろう。
「そそそそれより…………っ、瑠璃ちゃん吹いて、笛! ね!」
「……はい」
なんだかあんまり聞かれたくなさそうな感じがしたので、わたしは素直にうなずいた。
帰る場所を念じながら吹くのよね。
真穂呂。唐木野の町。お父さんに、うちの店。家族と友たちがいるところ――
わたしは息を吸い込んで、思いっきり笛を吹いた。
高い音が響く。
一拍おいて、わたしの左後ろからふわりと風がふいた。
「うまくいった……のかな?」
「うん! トーマ、マホロはこっちよ!」
ユさんがびしっと風が流れていく方向を指さした。窓のむこうでヘインズさんがうなずき、船がゆっくりと動きだした。
クィリの島は、真穂呂の南の空に位置していたらしい。しばらく飛んで、船の機器類が正常に戻ったとヘインズさんが言ったとき、そう教えてくれた。マルテルから南西方向に飛んだけど、そこからいつの間にか東に移動していたみたい。
クィリの島が滞在中にも風に流されていたのだと、カ・メイロさんが説明してくれた。よくあることだそうだ。
島がどこへ流されてもコカリがあれば里の位置はわかるし、例えコカリがなくても音を飛ばすことで仲間の居場所を知ることができるから、気にとめないのだとカ・メイロさんは言った。
空には目印になるものなんてないから、わたしには怖いこととしか思えない。
「風に乗っているから、普通より足が速い。昼すぎ……いや夕方前には唐木野に着くと思う」
「わかりました」
昼すぎから夕方か……
中浦さんのところへ訪ねるのは都合を聞いてからよね。きょうは連絡だけしておいて。急に行ったら驚くだろうし。としたら唐木野にいるあいだはうちに泊まってもらって……とにかくお父さんに連絡をいれなくちゃ。
空の旅は順調で、ヘインズさんの予想どおり、唐木野に着いたのは三時頃だった。冬だから日もかたむきはじめている。唐木野には飛空艇の発着場はないから、船が降りたのは町のはずれだ。
「瑠璃ー!」
「え、お父さん!」
お父さんが手をふりながら、町のほうから駆けよってきた。
船が到着する場所も時間も知らせなかったのに、どうしてここにいるんだろう。もしかして連絡を見てからずっと待っていたとか?
「お帰り瑠璃、早かったね」
「ただいま……うん、なんだかいろいろ、縁があって」
「そうか、よかったね」
お父さんはしみじみとした様子でうなずいた。
「ルリ、ルリのお父さま?」
ふわっとユさんが隣におりたった。お父さんの目が丸くなる。
「こんにちは、ルリのお父さま! あたしツェルト・ユよ」
一瞬呆気にとられた様子だったけれど、お父さんはすぐに笑顔を浮かべて挨拶を返した。
「瑠璃の父です。よく来てくれました」
「来ましたー!」
……ユさん、すっごく楽しそう。
「ところでお父さん、わざわざ迎えに来てくれたの?」
「ちょっと違うんだ。荷物はお父さんが持って帰っておくから、このまますぐに中浦さんのところへ行っておいで。馬車も用意しておいたから」
「…………うん?」
「瑠璃からの連絡を聞いてね、報告をしたいだろうと思ったから、先に都合を伺っておこうと中浦さんを訪ねたんだよ。そうしたら、疲れているだろうけどその足でそのまま来てくれって」
「え…………え、待ってお父さん、中浦さん、そんなにもう……!?」
だってまだあれから十日もたっていないのに。お父さんの表情はとても曇っている。
「午前中にお会いしたときは具合良さそうに思えたけどね、もしかしたら無理をされていたのかもしれない」
どうすべきか、考えるまでもない。
わたしはふりかえって、カ・ジンロさんに訊ねた。
「このまま中浦さんのところへ行っても大丈夫ですか?」
「……うむ」
「僕らもいいかな?」
「はい、きっと喜んでくださると思います!」
船から離れられないヘインズさんと荷物のことはお父さんにまかせ、馬車に乗りこんだ。




