空の木の島-3
島のすぐ横に、木造の建物がまるで係留中の船のようにつながれていた。三角のとんがり屋根に、煙突が突きでている。窓は小さめだ。これは食事を作ったり眠ったりするための、クィシアの家なのだそうだ。造りはとっても簡単で、台所と食堂兼居間、寝室だけ。
わたしたちはその食堂兼居間にとおされた。
「紹介するね。僕らの叔父の、ツェルト・カ・ジンロ」
くすんだ金色の短髪。顔立ちはカ・メイロさんやユさんとはあまり似ていない。ちらりと見た翼は明るい茶色と黒に、わずかに白が入っていた。年齢は関係ないのだろうけれど、なんだか渋い配色だ。
「で、おじさん。彼女が、タチバナルリさん」
「初めまして……っ」
緊張でちょっと声がうわずった。
カ・メイロさんは、おじさんには会いたがっている人間がいるとしか話していないと言っていた。それでどうして会ってくれる気になったのか……人間を嫌っていないとだけはわかるけれど。
とにかく、ここからが正念場だ。何度も頭の中で練習したけれど……うまく伝えられるだろうか。
わたしはふろしき包みを膝の上に抱え、言った。
「あの……四十年ほど前、人間を助けたことは覚えておいででしょうか。中浦という、当時三十代の男性です。嵐の日のできごとと聞いています」
「……………………うむ」
「そのときの人間……中浦からあなたへ、お礼を預かってきました。どうぞ、お受け取りください」
お礼状がそえられた包みをテーブルに置き、差し出した。
「礼……」
カ・ジンロさんの表情がいぶかしげにしかめられた。彼はしばらくじぃっと包みを見ていたが、やがてお礼状を抜き取って中の手紙を読みはじめた。
「…………」
読み終えたのか一つ小さくうなずいて、包みをあけた。入っていたのは寄木細工の入れ子の小箱だ。次々出てくる小箱の共通性がありながらもそれぞれ違う趣きに、カ・ジンロさんが目をみはったのがわかった。
寄木細工は真穂呂の……というか、わたしや中浦さんが住む唐木野の特産品だ。中でもあれは最高級品だと思う。中浦さんの想いの形。これを盗賊に傷つけられたり奪われたりしなくて、本当に良かった。
「わあぁー……すごい、すごいきれいね!」
ユさんが身をのりだして、小箱を見つめた。目がきらきらしている。
「みごとだね……! 僕らもクィリで細工物作るけど、こんなこまかいもの初めて見るよ」
地元の特産品がほめられるとうれしい。
カ・ジンロさんは手に取った小箱をじっと見ている。なにも言わない。
……………………
…………な、なにか言ってほしい……!
「あー、おじさん? ルリさんが困ってるよ」
カ・メイロさんが苦笑いして言った。はた、という感じでカ・ジンロさんは顔をあげた。もしかして小箱に夢中になってたのかしら。
「……ナカウラとは家族ではないのか」
「あ、はい。今回の件で初めてお会いしました。それでなにか見込まれて、こうしてお届けするのを頼まれたんです」
「元気か」
「……わたしが出発する数日前から、寝込むことが多くなったそうです。でも出発には見送りに来てくださったんですよ」
「病か?」
「……高齢ですから、体調をくずしやすくなっているそうです」
「……年……か……」
カ・ジンロさんの口元がぐっとむすばれた。
寿命の違う人間とエイテス、四十年の感じ方も違うだろう。中浦さんとカ・ジンロさんが同じくらいの年齢だとしても、人間の中浦さんのほうが先に死んでしまう。例え中浦さんが長生きをしたとしてもだ。
どうしようもない差に、重たい沈黙が落ちる。
それを破ったのは、ユさんの質問だ。
「ね、おじさま。どーして人間助けたの? 助けようと思ったの?」
「……どうして? ……ユは助けないか?」
なぜそんなことを訊くのかと言いたげに、カ・ジンロさんは逆に問い返した。
「あたし? んー、助けると思う」
「なぜ」
「えー? なぜー!? んー…………人間嫌いじゃないもの」
「そういうことだ」
カ・ジンロさんは満足げにうなずいた。
ああ、やっぱり嫌われてはいないのね。
「でも仲間から疎まれたんじゃない? だって四十年前ったら同盟もないんだしさ」
門倉さんがそっと言った。
そういえば、レナト同盟の設立は二十年前だ。
同盟だけじゃなく、たくさんの人々の地道な活動で、種族間の溝は今、かなり埋まってきたという。それが四十年前はどれほどだったか想像するしかないけれど、憎むべき対象を助けたとなれば、そうとう非難を浴びただろう。村八分にされたり、とか。
けれどカ・ジンロさんは、にやっと笑った。
……この笑い方、知ってる。誇らしげ、というか満足げというか……そうだ、いたずらが成功したときのしてやったりって笑い方だ。
「誰も気づかなかった。嵐だったし、私一人だったからな」
うなずくカ・ジンロさんは、なんだかとても楽しそうに見える。
「えぇっと、おじさん。せっかくだから、そのときのこと話してくれない?」
「あたしも聞きたいー!」
「あの、わたしもお聞きしたいです。簡単にしか、聞いてないので……」
おそるおそる、わたしも二人に便乗して頼んでみる。中浦さんのお話は本当に簡潔だったから、もうちょっと知りたいなーと思うのだ。
せがまれたカ・ジンロさんは、だいぶ長いこと黙っていた。寄木細工の小箱をためつすがめつしている。
「嵐の日……だった。私はいつも通りに、クィリの世話をしていた」
唐突にぽつりと語り出した。
「そこに、小さな飛空艇がつっこんできた」言葉をきって、しばらく考えこみ、「つっこんできた……というより、船が木にたたきつけられたと言ったほうが正しいか」
あれ、中浦さんの話では木にひっかかった、ということだったけれど。表現をやさしくしてくれていたのかしら。
「乗ってた人にケガはなかったの?」
質問したカ・メイロさんの顔色は青い。
「打ち身だけですんだようだった。船も壊れたりはしなかった」
「船が壊れなかった……ってことは、上のほうの、若い枝につっこんだってことかな?」
カ・ジンロさんは無言でうなずく。
「じゃあクィリはー?」
「細い枝が折れたていどだ。だが、あいつはずいぶんとうろたえていたな……」
あいつ、の言い方に親しみを感じて、とてもいいなと思った。交流なんてなかったのに、不思議だ。
「船の舵がきかなくなっての事故だ。気にするなと言ったのだが」
「あぁ、ひどい嵐なら枝が折れるのなんて珍しくないよね」
「……事故でも他人様の畑に被害をあたえてしまったら申しわけないですよ……」
いたたまれないこと間違いなしだ。
「四十年前か……そのころにはしっかりした船ができていたはずだが……よほどの嵐だったんだな」
ぼそりと船について感想をもらしたのは、飛空艇乗りのヘインズさんだった。船の故障はヘインズさんにとっては他人事じゃないだろう。きっと、この場で誰よりも当時の中浦さんの恐怖を察している。
「それで……どういう経緯で笛――コカリを貸すことになったんですか?」
一番聞きたかったところを、わたしはどきどきしながら訊ねた。
「私がラピュタに行きたくなかったからだ」
「え」
「ラピュタへ連れて行く手もあったが、人が多いところへは行きたくない。だからコカリを渡した」
「なーるーほーどー!」
「うん、それならおじさんは出かけなくていいし、その人たちも助かる」
カ・ジンロさんをよく知る二人が力いっぱい肯定している。
…………え、ほんとうに、出不精ゆえにコカリを貸した、と……?
聞きたかったことなのに、聞かなければよかった。聞かなければ、種族をこえて助けてくれたという美談ですんだのに……!
「……瑠璃ちゃん。理由ってのは意外と、こんなモンだったりするよ」
門倉さんが放心するわたしの肩をポンとたたいた。




