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訪問客-2

 お茶をひとくち飲んで、中浦さんはゆっくりと語りだした。

「私がまだ若い頃のことです」



 家業を継ぐ少し前の頃、仕入れ先と販路の開拓のために、部下一人と飛空艇であちこち飛びまわっていた中浦さん。

 ある日、急な嵐に巻き込まれ、船の舵がきかなくなってしまった。浮いているだけとなった飛空艇は風に流されるまま、最悪ラピュタに衝突してしまうかもしれないという状況におちいった。

 ところが幸運にも船はとある島の木にひっかかり、墜落はまぬがれた。

しかし、船を動かすことができないのには変わりはない。

 そこで、とある人物に出会った。途方に暮れる中浦さんの事情を知ったその人に助けられ、ぶじに帰ってくることができた――――



 なんだかあちこちぼかされていて、なにから質問したらいいのかわからない。すると中浦さんはにっこり笑って、

「この笛の音で船を動かすことができたのです」

「音で、船を……?」

「正確に言うと――助けてくれたかたの言葉を借りると、行きたい場所への風の流れを捕まえることができる笛なのだそうです。その風に船を乗せて、私は帰ってこれたのですね」

 笛の音で風を捕まえる……

 うわぁ、すごい、おもしろい! 世界には不思議なものがたくさんあるなぁ……

 わたしは壊れた笛をじっと見つめた。この笛、どんな音色だったんだろう。

「風を捕まえる! へえぇー!」

 お父さんも驚いて、楽しそうだ。このへん親子よね。


 ……それにしても。

「そのかたが中浦さんを送り届けてくれた、のではないんですね?」

 もしそうなら中浦さんがうちを……わたしを尋ねてくる必要はない。ということは、その人は笛を貸してくれただけということだ。

 中浦さんは気づきましたね、というふうにうなずくと、

「えぇ。私に笛をくださると、そのかたは立ち去ってしまいました。そして部下と交代で笛を吹き続け、町の郊外にどうにか不時着し、帰ってきたのです。笛はそこで……ひびが入ってしまいました」

 それはたいへんな時間だっただろうな。舵がきかないならその笛の音が命綱だ。助かる見込みがあっても、緊張と不安はそうとうだったはずだ。


「でもそんな変わった笛、貴重なものではなかったのでしょうか?」

「当時私も心配してお聞きしたところ、彼……彼らにとっては特別なものではない、とのことでした」

「彼ら……?」

「はい。『クィシア』という人々です。空中を浮遊して育つ木があり、それを育てているそうなんです。木の遊牧とでもいいますか」

 真穂呂の言葉にあてはめるならこんなふうに書きましょうか、と中浦さんはふところから取り出した手帳にさらさらと記してみせた。わ、達筆だ。

 遊牧ならぬ『遊木民』。なるほど。


「はじめて聞きます。そんな木があるんですね」

「ええ。少ししか話はできなかったのですが、建材から食材までいろいろな用途があるようです。そのときは私は、お茶としてごちそうしていただきました」

 空で木を育てる人々『クィシア』。そんな木があって、そんな人たちがいるんだ。どんな木なんだろう、どんなお茶なんだろう…………ん、お茶?

 あれ、中浦さんはお茶の問屋さんなんだよね? その伝手で再会することができなかったのかな?


「彼らはエイテスなんですよ」

 エイテス…………翼ある人々……!?

 前の旅でその姿を見かけたことはあったけど、話したことは一度もない。

 エイテスは背に大きな翼を持ち、空を飛ぶことができる種族。鳥の獣人と違って鳥に変身することはできない。芸術方面に才能を発揮し、とくに歌は一度聞いたら忘れられないという。

 エイテスについて、わたしが知っているのはこれだけだ。


「あれからもう四十年以上たちます。何度も飛空艇で探したのですが、今日こんにちに至るまでついに会えずじまいで……ラピュタにおもむいて、ごくまれに、あのお茶をほんのわずか仕入れることができたていどです。諦めかけていたところに瑠璃さんの話を聞いて、もしかしたら……いやきっと届けられる、そう思ったのです」

 四十年前って……お父さんも生まれる前だ。

「……しかし中浦さん、失礼ですが冒険者ギルドには依頼なさらなかったのですか? それこそ彼らの伝手が力になるでしょう?」

「依頼はしませんでした。なんとなく、届かないだろうなと――そう感じたものですから」

「娘でも同じかもしれませんよ?」

 中浦さんはいたずらっぽくふふ、と笑った。

「まさか。橘さん、あなたもそう思ってないでしょう? ……『七つの瓶』を揃えた、そういう縁を持っているお嬢さんです。手がかりはただこの笛ひとつですが、瑠璃さんに預けておけば、細い縁もきっとつなげてくれる。吉備津さんから聞いたとき、そう確信しました」


 え……えぇえ!? そんなことはないと思う……!

 確かに『七つの瓶』を揃えられたけど、それはわたし自身が揃えたいって強く望んでたからで、だから縁があったんだと思う。笛と『クィシア』との縁を持っているのは中浦さんのはずだ。

「そんな大切なもの、わたし預かれません! そ、それに……仮にお預かりしたとしても、いつなるか……」

 旅に出ることはぜったいにある、と思っている。また会いたい人たちがいるから。ただそれが一年後か、十年後か、もっとずっとあとになるか、それはわからない。


「瑠璃さんなら、と確信しています」

 中浦さんは全然ゆずってくれなかった。むしろより強調された。

「いつになってもかまいません。私はもう長くはありませんから、可能性があるかたに預けておきたいのです。老いぼれのわがままですが、どうか聞いてくださいませんか。私がつなげられなかった縁を、いつかつなげてください」

 穏やかな、それでも力のこもった言葉。四十年分の想い。

 わたしは気圧されて、断ることなんかできなかった。

「……学校を卒業してから、になると思います。本当に、本当にいつになるかわかりませんよ? それでもよければ…………お預かりします」

「はい。どうか……よろしくお願いします。瑠璃さんの旅の中で、いつか出会うことができたら、お渡ししてください」



 わたしは笛の入った桐の箱とお礼の品々、それに手紙を受け取った。ひとつひとつは小さいけれど、とても重たい預かりものだ。


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