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空の木の島-2

 出発から数時間。さいわい妖魔にも遭わず、順調に飛んでいる。

 ふいに船体がこきざみに揺れた。

「わ……っ」

 座っていたのだけれど体がかしぎ、慌てて横に置いている旅行鞄にしがみつく。通話管からヘインズさんの声がした。

「……っ、エーテルの濃い空域に入った……ちっ、船が安定しねぇ……!」

 器具を操作している音がする。

「本当に、この方向で合ってるんだよな……?」

 不安げなヘインズさんの声に、

「あってるよー」

 のんびり返すユさん。しかし船はガタガタとこきざみに揺れ続け、わたしも不安になってくる。


 ユさんは小首をかしげて、通話管に向かって声をはりあげた。

「ねトーマ? 今たいへんなのって、飛ぶの? 進むの?」

「両方、だ」

 にべもない答えに、ユさんはむーと口を尖らせた。

「どうしたの?」

「んーと、ね。もう島まで近いのね。だから兄さまに連絡して、風を島にむけてもらったらいいと思うの」

「……島までの距離、わかるんですか?」

「わかるよー。クィリのエーテル感じるもん」

 な、なるほど……?

「えぇとそれで……風をむける、というのは、風をあやつるってこと?」

「うん。兄さまコカリ持ってるし」

 そうか……そういえば、コカリは風を操る笛だった。


 通話管のむこうのヘインズさんは沈黙する。判断に迷っているようだ。

「……できるのか? そんなこと……」

「もっちろん! じゃ兄さまにそう伝えるわね!」

 ガタガタ揺れる船内は移動しづらい。それにユさんは歩くのが苦手なものだから、彼女ははって甲板に出て行った。


「なぁトーマ、とりあえず船揺れんのとめらんない?」

「それに集中すると舵取りがおろそかになる。抑えたいのはやまやまなんだが」

「舵はだっていいんでしょーよ。メイロたちが風あやつってくれるってんだからさ」

「それでうまく着けるかどうかはわからないだろう」

「大丈夫だと思いますよ、ヘインズさん」

 門倉さんとヘインズさんのやりとりに、思わず通話管越しに貨物室から参加する。

「カ・メイロさんたちは普段から風をあやつって生活しているそうですから」

「それは、聞いたが」


「伝えたよー!」

 ほとんどころがるようにユさんが戻ってきた。なんだかその移動方法を楽しんでいるように見える。

「とりあえず浮いて待っててって。で風を島にむけるから、それに乗ってきてって」

「…………」

 その説明にヘインズさんはまたも沈黙していた。まったく未知の手段だもの、ためらっているのだと思う。

 ややあってから、船体の揺れがゆっくりとおさまっていった。

 正直、ちょっとほっとした。あのまま揺れていたら、酔ってしまいそうだったから。


「外に出てもいいですか?」

「いーけど気をつけてー」

 ちょっと息苦しさを感じはじめていたので、気分転換に甲板に出る。

 貨物船なので、客船と違って甲板は狭い。左右の通路なんて、すれ違うには十分注意しなければならないほどだ。

 また揺れた時が怖いので、わたしは操縦室の窓のすぐ近くに座り込んだ。進行方向をむいて座っていることになる。ユさんもやってきて、隣に座った。少し遅れて門倉さんも来た。


 外へ出たのは息苦しさから解放されたかっただけじゃない。クィリの島を見たいからだ。窓のない貨物室でじっと待っているなんてもったいないものね。

 外は寒いかと思っていたのだけれど、マルテルより南下しているからか、それほどでもなかった。そういえばクィリって暖かいところで育つんだっけ。


 しばらくすると、風向きが変わったのがわかった。もしかして、と思ったら、

「トーマ、この風よ! 乗ってってー」

 ユさんがはしゃいだ声をあげた。

 船がゆっくりと動き出した。

 風は進行方向にむかってふいている。つまり船の追い風になっているということだ。そのせいか、これまでよりも船の速度が速い気がする。

 もうすぐクィシアの島に着くんだ。そう思うと緊張と興奮で、体が前のめりになる。


「ルリ、ほら! 見えてきたよ!」

 ユさんがまっすぐ前を指して言うけれど、わたしにはなにもわからない。

「あ、もしかして、あれ!?」

 先に気づいたのは門倉さんだった。

 えぇえ、どこー!?

 わたしも必死で目をこらすけれど、なかなか見つけられない。舞い上がる髪の毛を押さえながら、前をじっと見つめる。


 と、ユさんが飛び立った。紺色の翼を羽ばたかせ、驚くほどの早さで飛んでいく。

「メイロ見たときも思ったけど、エイテスって飛ぶの早いんだねぇ」

 わたしも同感だ。


 紺色の翼がむかった先に、ラピュタとは違う、浮遊するものが見えた。

「あ……――!」

 あれが、クィリの島……!

 例えば森から木々だけを抜き出したら、きっとこうなるんだろう。絡まりあった根は横に広がっていて、そのせいか、クィリはまるで地面に生えているように見える。

 冬だから葉はすべて落ちていて、少し寂しげな雰囲気だ。花の時期、葉が生い茂っている頃とか、実のなっている頃も見てみたいな。


 風に押される船はすべるように島へと近づいていく。

 島の前で翼を羽ばたかせたカ・メイロさんとユさんが大きく手を振り、そっくりな笑顔で言った。

「ルリ、リヒト、トーマ、ようこそ島へ!」


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