空の木の島-1
第4章です。よろしくお願いします。
「あ、トーマ来たー!」
マルテルの門のわきで迎えを待っていると、真っ先にユさんが声をあげた。彼女は夜目はきかないけれど、明るいところでは驚くほど遠くまで見えるみたい。門倉さんも目がいいらしいんだけど、比べあって「負けた……」とがっくりとつぶやいていた。
二人よりも少し遅れて、わたしの目にも冬の日差しをうけて飛ぶ飛空艇の姿が見えはじめた。
カ・メイロさんからの連絡は思いのほか早くきた。彼を見送った翌日のお昼ごろだった。
「ルリ、おいでーだって!」
「おー……ってか、早くない?」
期待以上に早い。二、三日くらいは最低でもかかると思っていた。
「ヘインズさんが話を受けてくれて本当に助かりました……」
島までの移動方法は飛空艇一択だ。だけれど個人で借りたりするには、発着場のある都市にでも行かなければまず見つからない。ヘインズさんに出会えていたことはとても幸運だった。
カ・メイロさんが出立したあと大急ぎで探して、個人契約の依頼をしたのだ。さいわい次の仕事が入っていなくて、受けてもらえた。
ただ彼の飛空艇は不時着したあとであるため、専門職の点検が必須だった。そのためマルテルを離れたのだ。連絡をとってみると、点検は順調であるものの、戻りは翌日になるという返事だった。正確には夕方くらいには終わるらしいのだけど、夜間航行の免許を持っていないので朝にならないと飛べないのだそう。
「日の出と同時に出発して、こっち着くの八時くらいってさ」
「わかりました。ユさん、あす行きますってお返事をしてもらえる?」
「ん、わかった!」
そうして、自警団や同盟支部事務所にあいさつに行ったりと、あわただしく準備をして日が暮れたのだった。
船は街道から少し離れた平地に降りた。門倉さんが周囲を確認し、彼の先導で飛空艇に近づく。
操縦室の扉が開かれ、ヘインズさんが出てくる。てきぱきと乗降用の階段を地上に降ろし、駆けおりてきた。
「待たせたか」
「そんなことないです。おはようございます、ヘインズさん」
「おはよー!」
「…………っ、おはよう」
緊張気味の挨拶が返ってきた。
「よっ、トーマ。船は万全か?」
「ああ。念入りに点検してきた」
護衛としてなのか個人的な興味からか、門倉さんは続けて船のことをいろいろ訊いている。ヘインズさんはそれによどみなく答えていた。
ヘインズさんは男所帯で育ったので、女性が苦手なのだそうだ。どう接したらいいのかわからないと言っていた。仕事として顔を合わせるぶんには平気らしいので、単純に慣れの問題だろう。わたしと契約をしてくれたのだし。
「荷物はそれだけか?」
「はい。これで全部です」
わたしはおじいちゃんの旅行鞄と手提げ鞄。門倉さんは背負いの鞄が一つ。ユさんにいたっては手ぶらだ。
とおされたのは操縦室後ろの貨物室。貨物船たるヘインズさんの船は、操縦室と貨物室だけの造りだ。貨物室は船倉部分と中甲板部分の二階に分けられている。
貨物船は明かり取り用の小さな窓しかないから、どうしても暗い。扉は大きいけれど飛行中は閉め切ってしまうし。客船じゃないから当たり前だけれど。
「……客船じゃないから、椅子は用意できないんだが、一応……すごしやすいようには、してみた」
言いながらヘインズさんは、小さな灯をともした。その小さな灯で確認できたものに、わたしは驚いてしまった。
床に絨毯が敷かれ、すみにはクッションと毛布がたたんで積まれていたのだ。
「わざわざ、用意してくれたんですか……?」
「工場で人を乗せると話したら、助言を、もらってな。全部安モンだが。……あって邪魔になるもんでもないし……」
お金の問題じゃない。助言を受け入れて実行してくれたその気づかいが、とても嬉しい。
「あたしここに座る!」
ユさんはさっそく、積まれたクッションを座りやすいように整えている。翼がある分、高さと周囲のゆとりが必要なのだ。
「ありがとうございます! 嬉しいです」
「やーるねー」
門倉さんはヒュウと口笛を吹いた。
ヘインズさんは顔をしかめ、口を曲げて、ちょっとぎこちなくうなずいた。これはきっと、照れているんだと思う。
乗り込んだらすぐに出発かと思ったのだけど、そうもいかないらしい。
航路が決まっていても、海を行く船と同じでいろいろ準備しないといけないのだそうだ。それはそうよね。
具体的には風とエーテルの流れだとか。のぞかせてもらった操縦室に設置された器具も、かろうじて羅針盤がわかったくらいで、なにがなにやらさっぱりだ。
「方向は」
ヘインズさんに訊かれて、ユさんは空を指した。
「こっちー」
「……南西方向か」
そしてなにかつぶやきながら、器具を操作する。
しばらくして顔をあげたヘインズさんの表情は、いぶかしげに曇っていた。
「本当にこの方向か?」
「うん、こっち」
「……しかし……風はともかく、エーテルの流れがな……航行にむかない。エーテルが濃い」
首をかしげるわたしとユさんに、
「船はもともと備えた分に加えて、大気中のエーテルを取り込みながら飛ぶ。空の航路ってのは、そのエーテルが安定している部分を通るように設定されてる」
と、ヘインズさんは言葉を選んで説明してくれた。
「えぇと……つまり、むかおうとしている方向はエーテルが安定していない、ということですか?」
「あと計器見たかんじ、濃度が高いっぽいねぇ」
「それだと、どういうことになるんでしょう?」
「出力調整が難しくなる……あー……安定して飛べねぇ。それに妖魔が出やすい。小型程度なら近づけないくらいの退魔装備と撃退用の装備はしてあるが」
「だからって、わざわざつっこんで行くのは冗談じゃないね」
難しい顔をする二人に、ユさんはあっけらかんと、
「平気よ、妖魔はクィリ嫌いだもの。それに、クィリはエーテルの多いところに遊木するのよ。よけちゃったら島に行けないわ」
「行けないのは、困るね……」
困るどころか意味がない。
むう、と門倉さんとヘインズさんが口をつぐむ。
「……わかった」
大きく息をはいてヘインズさんは宣言した。
「俺は運送屋だ。届け先には必ず行く。必ずぶじに届ける。座っててくれ。出発する」
「はいっ」
わたしとユさんは、貨物室の即席の客席にそれぞれ座る。門倉さんは見張りをすると言って、操縦室に残った。
船体が小さく揺れ、羽根が動く音がした。。
初めて飛空艇に乗るユさんの表情が楽しそうに輝く。わたしも何度か乗っているけれど、飛び立つ瞬間はわくわくする。
ふわっと浮遊感がした。船が浮いたのだ。
いざクィリの島に向けて、出発だ。




