少女ふたり-6
洞窟からマルテルに戻り、医師の問診や自警団と同盟からの事情聴取であっという間に時間がすぎた。日の短い冬、もう薄暗い。
同盟事務所の一室に、わたしと門倉さん、エイテスのきょうだいがそろっている。わたしがコカリを持っているのをユさんは忘れず、兄のカ・メイロさんに伝えてくれたのだ。
簡単に話を聞いたカ・メイロさんは心あたりがあると言う。
きれいな絞りの入った藍染めの風呂敷をほどき、その中の桐箱の蓋をあける。布張りの台座の中央に鎮座しているのは、亀裂の入った小さな笛、コカリ。
「僕らが日常的に使ってるものをこうやって大切に扱われているのを見るのは、なんだかむずがゆいね」
「そうね、みんな首からさげてるだけだものね!」
カ・メイロさんが照れくさそうに言えば、ユさんも笑った。
「そいや、俺も見せてもらうのは初めてだねぇ。うわバッキリ亀裂入ってる」
門倉さんが身をのりだして箱をのぞきこんだ。
「出していいかな?」
「はい」
わたしが慎重に扱っていることに気を使ってか、カ・メイロさんも丁寧な手つきでコカリを取りだした。
「あー、これは古いね。亀裂が入ったのはしかたないことだと思うよ」
「そうなんですか?」
「手入れしてても、何年かで変になっていくんだ。そうなると音は出ても、風が呼べない」
カ・メイロさんはコカリをためつすがめつして、うなずいた。
「やっぱりジンロおじさんだ」
「ジンロ……さん?」
「えぇー!? ジンロおじさま!? ホントに!?」
「ほらユ、ここ。おじさんの印だ」
「あーホントだぁ……」
カ・メイロさんに示された部分を見ても、ユさんはどこか信じられなさそうである。
「あの……?」
「えぇとね……」
カ・メイロさんはくせっ毛をクシャクシャとかきまわし、
「ルリさんの探している人は、僕らのおじのジンロって人で間違いないよ。ここに小さく入ってる模様、わかるかな。これ、おじが自分で作った物には必ずいれる印なんだ」
コカリの裏側に、言われなければ汚れと思うような小さな模様があった。焼き印のようだ。
「器用なかたなんですね」
感心していると、カ・メイロさんはユさんと顔を見合わせて苦笑いした。
「手先はね……でもそれ以外は不器用なんだよ。人付き合いとか。ほんとに無口でね」
「うんうん。だからあたし、おじさまが昔人間を助けたって、信じられない」
「そう? 僕はらしいと思うよ。意外と物好きだからさ」
無口で、でも物好きな人、か。ユさんの好奇心の強さは家系とも言えるのかな。
カ・メイロさんはうーん、と唸りながらコカリを箱に戻した。そして難しい表情で、
「どうしても会いたい……んだよね?」
わたしはもちろん、とうなずいた。
「もう一度会ってお礼がしたいという中浦さんの、代理なんです。だからきちんとお会いして、預かった物をお渡ししたいんです」
かつて中浦さんを助けたのが確かにジンロさんというかたで、まだ元気でいるならば。
わたしは立ちあがり、背筋を伸ばした。
中浦さんはきっと、エイテスの人間嫌いを知っていただろう。だからこそ、助けてくれた人に対する感謝は大きく、探し続けていたんだろう。
その託された思いを届けたい。
「お願いします、カ・メイロさん、ユさん。ジンロさんに会わせてください」
届けるために今のわたしができるのは、二人に頼みこむことだけだ。わたしは深々と頭をさげた。
部屋の中がしん、と静かになった。そのせいか、自分がひどく緊張していることに気がつく。心臓がばくばくしているのに、静寂が耳に痛い。
断られたらどうしよう。良くない結果だけが頭にうかんでしまい、揃えた手の中が、じわじわと熱くなってくる。
うつむくわたしの頭に、ぽん、と手が置かれた。小さな手……ユさんだ。
「だいじょうぶ、まかせてー」
「これを大切にしていてくれたってだけでも嬉しいからね」
顔をあげると、カ・メイロさんとユさんのにこにこ笑顔がうなずいた。笑顔のそっくりなきょうだいだ。
「ありがとうございます……っ」
「よかったねー瑠璃ちゃん」
本当に嬉しい。
だけど、とカ・メイロさんは顔を曇らせた。
「どうしたらいいのかな。里は種族問わずよその人は立ち入り禁止だし、おじさんにラピュタに出てきてもらえ…………むりだね」
「おじさま出不精だもんねー」
どうやら、わたしたちが出向くのは不可能であり、逆にジンロさんに出てきてもらうのも、提案途中で却下してしまうほど難しいようだ。
「でも引っぱり出さなきゃ話にならないよね。説得……できるかなー……うぅ~ん……」
「兄さまがんばってー」
カ・メイロさんの表情が非常に渋い。予想以上に難しい案件をもちかけてしまったようだ。
あ、と声をあげて、ユさんがぽんと手を打った。
「島で会えばいいんじゃない? そこならおじさまもめんどうがらないかも!」
「あぁ……そうだね、島ならおじさんも出てきてくれる」
カ・メイロさんも大きくうなずいて賛同した。
ラピュタではなく、二人がわざわざ『島』と呼ぶところ。
それは、クィシアが世話をしているクィリの、その根っこが絡まりあってひまとまりになっている姿のことを指すのだそうだ。
クィシアは普段はそこで暮らしていて、そこならジンロさんも抵抗なく出てきてくれるだろうということだった。人間嫌いの里の人々に見つかる心配もない。
「そこは、わたしのような部外者が行ってもいい場所なんですか?」
「だいじょうぶだよ。お茶の取引きをするのに船がつくこともあるしね」
「里のみんなは来ないし、安心だよ!」
それなら、その方向でお願いしよう。
……正直に言って、彼らの島に興味がわいている。ちょっとわくわくする。
まずはカ・メイロさんが説得に行ってくれることになった。その後の連絡はカ・メイロさん側からの一方的なものだけになる。空と地上ではかなりの距離があるが、なんでもクィシア特有のコカリを使った連絡方法があるそうだ。短い音なら広範囲に届くとか。
「あ……もしかして、今朝のはそれでユさんに呼びかけたんですか?」
「うん」
「それならユさんを探すときにも使えたのでは……?」
「一度使ったんだけどね。反応がなくて。魔物が反応しちゃうから、立て続けには使えないんだ」
「そうなの? え~? 聞こえなかったよー」
「洞窟に入ったあとだったんだろうね。それじゃきっと、聞こえない」
のんきな妹に、兄は苦笑いだった。
翌日、カ・メイロさんは日の出とともに出立した。あっという間に小さくなっていく姿を見送りながら、うまくいきますようにと強く祈った。




