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少女ふたり-5

「瑠璃ちゃん!」

 ユさんに抱えられて地上におりたったわたしに、門倉さんが駆けよってきた。

 ホッとして顔がゆるむ。

「門倉さん……、やっぱり来てくれましたね」

「……え?」

 門倉さんはなぜか無表情に固まった。

「だって門倉さんはわたしの護衛ですから。絶対に探してくれているし、助かるって信じていました。ありがとうございます」

 かなり楽観的な予想だったけれど、当たってうれしい。


 だけど門倉さんはくしゃりと、とても苦しそうに顔を歪ませた。どことなく泣き出しそうな、切なげな表情だった。

「ケガは、してない……?」

 あんまりおそるおそるといったようすなので、わたしはおかしくなってしまった。いけない、心配してくれているのにヘラヘラするなんて。でも安心してもらおうと思って、わたしは笑顔のまま、まじめに答えた。

「攫われる時にぶたれたところが少し。でも、それだけです。だいじょうぶですよ」

「じゃあ……痛むところは、あとで医者に診てもらおうね。後遺症があるかもしれないし、痕が残ったりしたらイヤだもんね」

「そう、ですね……」


 ……お、おかしいな……ぜんぜん安心したようすがない。

 えっと、他に不安になる要素は……ああ、そうだ。

「あの、捕まっているあいだも乱暴されたりしていませんから。ちゃんと食事もいただきましたし」

「でも怖かったでしょ……?」

「えと……まあ、それは、確かに。でもユさんとずっと一緒にいましたし……それなりに親切でした」

 毛布を追加してくれたり、食事を出してくれたりと、扱いは悪くなかったと言える。それに迷いこんだユさんを強引な手段で追い出そうとしなかったことを考えると、非道な人たちではなかったんだと思う。犯罪者だけど。


 でも門倉さんの表情は晴れない。

「……ごめん。俺、護衛失格だよ。襲撃のときだってはぐれるし、町中だからって油断してた。最初に町をまわったときにあやしい気配がなかったから――すぐ近くの屋台までなら、だいじょうぶだと……思って」

 そう言って顔をそむけ、うつむいてしまった。わたしより背が高いのに、その表情をうかがうことはできない。

「わたしが、先に勝手に動いたのが原因ですよね。門倉さんが護衛失格なんて、ありえません」

 旅先であるうえに、問題を起こしたわけでもないのに、犯罪に巻き込まれる可能性なんて誰だって考えもしないだろう。だからわたしはあの時、先に事務所を出たのだ。


 門倉さんはうつむいたまま、動かない。

 困った……助かったのに、なんだか落ちつかない。

 顔をあげてほしい。いつもの、ヘラっとした笑顔を見せてほしい。

 わたしは背筋をのばし、門倉さんを見つめた。

「門倉さん。これからも、よろしくお願いしますね」

 信頼するわたしの護衛は、あなたなのだから。


 門倉さんはなにも言わない。ただ、ゆっくりと顔をあげた。なにを思っているのか感情は読めないけれど、ひどくまじめな表情だった。

 少しでもつうじただろうか?

 ふと伸びてきた門倉さんの腕がふわりとわたしの体を包みこんだ。そしてわたしの肩に顔を埋めるように頭を乗せ、ぎゅうぅっと抱きしめられた。


 ――…………

 う、わあぁ!? か、門倉さんっ!?


 思わぬ行動にびっくりしてわたしが身じろぎできずにいると、

「瑠璃ちゃん……」

 とつぶやくように呼ばれた。

「はっ、はい!」

 なぜだかみょうに緊張して、返事がしゃちほこばった。

「無事で、ホントに、よかった……っ……」

 安堵のため息とともに吐き出された言葉から、門倉さんがどれだけわたしの身を案じてくれていたかが痛いほど伝わってきた。だからかな、体の力も抜けた。

「はい。来てくれて、ありがとうございました」



 盗賊たちは全員捕まった。頭巾さんともう一人はあの場で門倉さんに捕まったし、洞窟の根城に残っていた人たちも自警団と同盟の作戦で一網打尽となった。マルテルまで距離はあるけれど、全員歩いて連行されていった。

 わたしたちは一度洞窟まで戻るのだという。町まで飛空艇で運んでもらえるのだとか。

「飛空艇……わざわざ手配したんですか?」

「んーん。トーマの」

 それは誰か、と一瞬考えた。停留所の宿泊施設に、明け方現われた人だ。トーマ・ヘインズさん、といったはず。

「ヘインズさん、飛空艇を使う運び屋さんだったんですか」

「だってさ。このあいだ故障して、この近くに不時着したんだって」

 不時着した飛空艇…………て、あ! ユさんが見た、飛空艇?

「俺たちと会ったのは、船修理するための部品を調達するためにおりてきたところだったってワケ」


 続けて門倉さんは、これまでのいきさつを話してくれた。

 まずわたしの姿が見えなくなってから、門倉さんは盗賊捕縛の作戦に参加することにした。橘瑠璃誘拐に関する――または関連しそうな――目撃情報を得るには、それが一番効率的だったからだ。

 同時に、同盟側の人数が増員された。それでも地の利が盗賊側にあってか、なかなか情報が集まらなかったそうだ。


「もうねー……あせるしイライラするしで、俺の調子は最低最悪だったよ」

 そんななか、きのうの夕方ごろヘインズさんと偶然再会した。山岳の停留所方面へ出かけていこうとするので不審に思い、問いつめた。わざわざマルテルの運送ギルドにまで行って照会し、そこでようやく、彼が正真正銘ギルドに所属する運送屋だと納得したのだそうだ。

 そして状況を説明したところ、ヘインズさんは協力を申し出てくれたとか。


「そこでさ、思いだしたんだよね。瑠璃ちゃん停留所の施設に泊まった時、歌みたいなのが聞こえたって言ってたでしょ」

「はい」

「それがツェルトの妹の声で、盗賊のところにいるのだとしたら、根城はそのへんなんじゃないかって推理した」

 その推測は大当たりだった。目撃者はたしかにいないけれど、痕跡がそこかしこにあったそうだ。ついでに、これを聞いたツェルトさんが、ここで作戦に参加することになった。


 盗賊がどう行動するかの予測は難しい。時間があれば偵察を出したいが、わたしが捕まっている以上、時間の経過は事態の悪化につながりかねない。ならばと、奇襲をかけることになった。

 決行は明け方。短時間で準備を整えて作戦は始まった。


 ところが、途中で見張りから連絡が入る。わたしとユさんが、馬に乗せられているという情報だ。

 まだ洞窟まで距離のある地点で入った情報だったので、作戦を一部変更することになる。門倉さんを筆頭としたわたしとユさんの救出組と、自警団副団長ブロンディさんを筆頭とした盗賊を捕縛する奇襲組に分かれた。


「でも瑠璃ちゃんたちがどこに連れて行かれるのかわからなかったから、すぐには手出しができなくて。方角から見て街道に向かってるのは見当ついたけどー」

 そこでツェルトさんが、クィシア独自の連絡方法を使うことを提案する。それは仲間以外は気づかないという方法なのだとか。

 あぁ、だから急にユさんが声をあげたのね。


「あれ? 兄さま、あたし利用されたの?」

「そうだよ。でもユ、そもそもその好奇心のせいでルリさんが攫われることになったんだからね。文句は聞かないよ」

 ツェルトさん、怒ってるなぁ……当たり前か。心配して探しまわった結果、これだものね。


「待ち伏せもギリギリだったし。瑠璃ちゃんが馬から放りだされたときは心臓止まるかと思ったよ」

 うん、あれは本当に怖かった。

 ともあれ、これで盗賊騒ぎも、ユさん行方不明事件も、わたし橘瑠璃誘拐事件も全部解決だ。



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