少女ふたり-3
様子見に来た頭巾さんに説得できたことを伝えると、彼は大喜びした。
「よくやった小娘! よし、そンならあしたの夜明けにここを出るぞ」
「あの! せめて荷物がぶじか確認させてもらえませんか!」
説得を引き受ける前に頼めばよかった。言われたことに驚いて、意識から飛んでいた。
頭巾さんは少々しぶったが、叶えてもらえた。彼が監視するなか、旅行鞄を開ける。横からはユさんも興味津々といったようすでのぞきこんでいる。
うぅ、ちょっとかき回されてる……! 洗面用具や着替えの包みの形がくずれている。最低だ。でもそれよりも大事な預かり物を急いで探す。
はたして、その包みもあけられた形跡はあったものの、中身はぶじだった。取りだされた様子もない。
「よかった……!」
「その木っ端になんの価値があるってんだ?」
「……ほとんどの人にはありませんし、持ち主にしても、これに金銭的な価値を当てはめることはできません。そういうものです」
頭巾さんはいぶかしげにうなるばかりだった。
「ねぇ、それコカリだわ……!」
「えっ?」
「コカリ! あたしたちの笛!」
わたしの手にある桐箱、その中身をまじまじと見つめ、ユさんがきらきらした笑顔で言いきった。
「えっ…………えぇ!?」
「ね、どうしてルリが持ってるの? 壊れちゃってるの、どうして?」
ぐいぐいとせまられる。
「おう、小娘。荷物をしまえ」
「……っ、はい」
ユさんを押しのけて言った声音はあんまりにもドスがきいていたので、一瞬体がすくんだ。手早く荷物をつめなおす。
頭巾さんは鞄をひったくり「あとはおとなしく寝ろ」と言い捨てて出ていった。灯りまで持っていってしまったので、部屋は真っ暗だ。
「もー、まっくらー!」
見えないけれど、彼女が唇をとがらせているのがわかった。わたしも同じ気持ちだ。
「どうしようもないですし、寝ましょうか」
手探りでベッドに向かう。部屋が狭いからさほど迷わなかった。毛布はこれ……かしら。追加してくれたから枚数はあるけれど、一枚一枚はペラペラもいいところ。
ベッドは一つしかないので、二人で並んで横になる。
「ユさん、寒くないですか?」
「平気よー。あたしたちね、寒いのけっこう平気なのよ。ルリは寒いの?」
「ええ。冷えてきましたね……」
「じゃ、つつんであげるー!」
どういう意味? と問うより前に、ふわりとなにかが体をおおった。んん? なにかしら。
「あったかい? あたしの翼よ!」
「えっ!」
そういえばエイテスってどういう姿勢で眠るのかしら。
尋ねると、人間と同じように横になって休むのだと返ってきた。ただし仰向けにはなれない。横向きかうつ伏せだ。そして翼で体を包む。
つまりわたしは今、ユさんの翼につつまれているということだ。
「あったかい……」
この寒さでは、手ばなしたくないあたたかさだ。
それより、とユさんは暗がりの中でもわかるほど顔を輝かせる。
「ルリがコカリ持ってるの、どうして?」
「預かり物なんです。昔、あの笛を貸してもらったことで助かったというかたがいて……そのお礼を届けてほしいと頼まれたんです。それで、持ち主の手がかりがあの笛だけなので」
「その人は自分では行けないんだ?」
「はい。高齢で病気になってしまって、とても旅ができる状態ではなくて。それでわたしに頼まれたんです。代わりに、と」
「一人で旅してるの?」
「いえ、護衛をお願いしたかたがいっしょですよ。ですから二人旅です」
「えっ! 護衛って、ルリってお姫さまとかなの!?」
「まさか! わたしの旅を支援してくれている人たちがつけてくれたんですよ」
それがなければ、頼みたくても頼めない。
「……ユさん。あの笛……コカリのこと、ご存じなんですね」
「うん。あたしたちの笛だもの」
「じゃあ、クィシア……ですか?」
「そうよ。クィリを育ててるの」
コカリはクィリから作られる笛で、これでなければ風を呼んで遊木することができないのだという。ついでに言えばそれは成人の証でもあり、まだ年齢の達していないユさんはまだ持っていないとか。
「で、誰のとこに行くの?」
「それが……中浦さんも名前を教えてもらえなかったそうで、わからないんです。あ、中浦さんというのはわたしに依頼をした方です」
「名前わかんないんだー……」
「コカリを見てもわからないでしょうか?」
「たぶんわかる、かも? それにその人、人間を助けたんだよね。そーゆーことがあったって、聞いたことがあるかも。すっごく珍しいもん。兄さまだったらきっと知ってるわ」
「珍しい……んですね、やっぱり」
歴史を考えると、当然だろう。
「うん。人間と関わるって、お茶を売る以外はしちゃいけないのよ、本当は。里の人たちにバレたら、あたしものすごく怒られちゃうだろうなぁ……」
いや、その前にお兄さんに思いっきり叱られると思う。そう言うと、ユさんはうめいた。ただしやっぱり、そこに反省の色は薄い。
「里、というのは?」
「遊木しない人たちが住んでるとこのこと。そう呼ぶのはあたしたちだけなんだけど」
ユさんはつまらなさそうに続ける。
「里のみんなはね、人間が嫌いなの。妖魔よりタチが悪い、だから関わるなって言う」
すべての種族に忌み嫌われている妖魔よりも。
あまりに厳しい批判に、わたしは悲しくなった。
「あの、でも……作品を発表しているかたもいますよね。多くはないですけれど、エイテスをラピュタで見かけたこともありますよ」
「んー……そーゆー人たちは、里から追放されてるの。あたしたちクィシアも、人間と関わってるからって里からは嫌われてるのよ」
つらい話だった。
どの種族だって一枚岩ではないし、いろんな考えの人がいる。だから種族まるごと嫌わないでと思うけれど、それはまだ時間がかかるのだろう。
せめて個人では理解してもらえたらいいな、と願う。
でもね、とユさんは明るく、
「あたしたちは人間のこと嫌いじゃないよ。ラピュタになら遊びに行くことあるし!」
そう言ってわたしに抱きついてきた。ユさんの体温はとってもあたたかい。
「たまーに、たまーにヤな人に会うこともあるけど、あたしは優しい人いっぱい知ってる。ここのおじさんたちは優しくないけど親切。ルリも優しい」
わたしは今、頭巾さんたちにものすごく感謝している。盗賊とはいえその手を取って、ありがとうと言いたいくらいだ。ユさんが人間を嫌わずにすんだのは、ひとえに彼らが(その理由が自分たちのためだったとしても)親切だったからなのだ。
「ルリが探してるのが誰だかわかんないけど、クィシアなら会えるから。ね!」
真っ暗だけれど、ユさんがニコニコしているのはわかった。そう言ってくれるのが嬉しい。
「……はい」
あたたかいのはくっついているせいだけじゃないだろう。なぜかにじんできた涙をこっそり拭って、わたしはうなずいた。




