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少女ふたり-2

 大事な荷物を引き合いに出されたら、引き受けざるをえない。だって絶対に返してもらわなくてはならないんだもの。

 でもうまくいくだろうか? そもそも――

「ユさんはどうしてここへ?」

「洞窟に人が入って行くのを見たの。岩の中で暮らす人を見たのは初めてよ」

 ユさんは着物の模様をなでながら、のんびりと答えてくれる。

「いきなりなにしてんのって声かけられて、驚いたのなんの。見つかったと思ったね! しかもよく見りゃエイテスだ。ヤベェのが飛び込んできたって、こっちがうろたえている間にコイツはちゃっかり居座りを決めこみやがった」

 頭巾さんが苦りきったようすでつけ加えた。


 なるほど、ユさんが盗賊の根城なんて場所に居るのはそういうこと。でも肝心の、ツェルトさんから離れた理由はわからない。もっとさかのぼってもらわないと。

「えーと……飛空艇を見たの。普通はヒューって飛ぶのに、その船はフラ~フラ~って飛んでてね。おもしろい飛び方するなぁって思ったから、あとついて行ったの」

「その飛空艇……故障していたんじゃ……?」

「あ、うん、このおじさんたちもそう言った」

「船はどうしたんですか?」

「落ちた」

「――ッ、落ちた!?」

 飛空艇が墜落なんて大事故じゃない! そんなうわさ、町で聞かなかった……

 硬直したわたしに、頭巾さんがぶんぶんと手をふった。

「いや落ちてねぇ落ちてねぇ。不時着だ。話聞いて俺たちも見に行った。外見じゃどこも壊れてねぇ。結界でも張ってやがんのか中には入れなかったけどな」

「それで中から人が出てきたんだけど、もう暗くって……あたしあんまり暗いとこ見えないの。だからすぐわかんなくなっちゃった。でも暗いから帰れないし、どうしよってウロウロしてたら、おじさんたちが荷物運んでるの見つけて、それで洞窟見つけたの。次の日にはちゃんと帰ろうって思ってたんだけど、洞窟にいるのがちょっとおもしろかったから」


 つまりツェルトさんの言葉どおり、ユさんは気になるものを見つけてすっ飛んできて興味を引かれるまま行動し、結果ここにいると。なんという好奇心の強さと怖いもの知らずさ。ツェルトさんの心配もわかる。

 そんな彼女を説得するって、難題なんじゃないだろうか……



「メシだ。食え」

 湯気のたつお椀を渡された。中身は……野菜くずのスープ?

 食欲はないけれど、いざという時にそなえておかなくては。

 …………あんまりおいしくない……


 あたたかいだけが取り柄のスープを食べながら、門倉さんはどう動いているかな、と考える。

 間違いなくわたしを捜してくれているだろうけれど、マルテルを荒らしている盗賊と結びつけているだろうか?

 頭巾さんは、自分たちは本来は誘拐などしない、と語っていた。

 ツェルトさんは妹が行方不明としか言っていない。

 難しいな。どこにも接点がない。


 うーん。人に限らずなにかを探すにはまず情報よね。それをどこで得るか?

 門倉さんはレナト同盟所属の傭兵だから、もちろんあの支部の事務所を利用するはず……あっ、もしかしたら盗賊捕縛の作戦に参加しているかもしれない。

 今マルテルではレナト同盟と自警団の共同作戦が進行中だ。つまりマルテル周辺は、普段よりずっと多い人数が探索のために散らばっている。周辺の情報収集にはうってつけの状況だ。これを利用しない手はないはずだ。

 普段しないことは、不慣れであるとも言える。盗賊たちなりに注意をはらっただろうけれど、わたしの誘拐が目撃されている可能性、いつもと違う痕跡を残している可能性は高いんじゃないか。

 きっとここが発見されるのも時間の問題だろう。

 うん、きっと助けがくる。門倉さんは来てくれる。

 なによりわたしは目的のある旅の途中だ。なにがなんでも、ぶじに帰らなければならない。


 そのためにはユさんを説得しなければ。

 説得……うーん……

 考えこむわたしに、ユさんが小首をかしげた。

「どうしたの? おいしくなくて、気分悪くなった?」

「いえ、大丈夫です。まぁ……確かにおいしくない、ですけど」

 つい本音をつけ加えてしまった。


 ここはまっすぐに説得しよう。相手のことをよく知らないときは、それが一番だ。だいたいわたしには、絡め手なんて交渉技術もない。

 食べ終えたお椀をテーブルに置き、ユさんを正面から見つめた。

「ユさん、わたしと一緒に帰りませんか?」

「…………? 帰るって?」

 ユさんはなにを言われたんだろう、というふうに目をパチパチさせた。

「ここから出ていきませんかってことです」

「ルリは帰りたいの?」

「はい」

 少し考えてから、旅の途中であることを明かした。

「とても大切な旅なので、とめるわけにはいかないんです。そのためには、ここから出て行かないとなりません。ここから出るには、ユさんも一緒に出て行くように説得することが、わたしをここへ連れて来た人たちの条件なんです。かわりにわたしから奪った荷物を返すから、と。その荷物も、わたしには大切なものなんです」

「ふぅん……」


「ユさんはどうして帰らないんですか? ここ……洞窟にいるのがおもしろいというのはどういうことですか?」

「あのね! 声が響くとこ!」

 ぱっと顔を輝かせて答え、椅子から飛びおり、「聞いててね」と言って、なんと歌いだした。

 エイテスは芸術の中でも音楽や歌が特に秀でている種族。まだ子供であるユさんだって例外じゃなかった。

 すごい……なんてきれいな歌声。

 わたしは息を飲んで聞きいった。鳥のさえずりを思わせるような透明感。きれいな高音が岩壁に反響して、とても幻想的だ。


 あれ、でもこの旋律……どこかで…………?


 少し引っかかった考えは、頭巾さんの声で流された。

「おいコラ! 歌うなっつったろ」

 怒鳴りながらずかずかと入ってきた頭巾さんは、ユさんのほっぺたを引っぱった。あわててやめさせようとしたけれど、引っぱる手をユさんがペチンと叩いただけで解放されたので、ホッと胸をなでおろす。

「だってルリに聞いてほしかったんだもの。それにここ窓ないもん」

 ぷくっと頬をふくらませるユさん。

「ったく……おいアンタ」

 頭巾さんがわたしをふりかえった。すきまからのぞく目が疲れて見えるのは気のせいかな?

「ちゃんと話してんのか?」

「今まさに話しているところでした」

「…………頼むぜ」

 頭巾さんは大きなため息をつきながらそう言って、からになったお椀を持って出て行った。視線だけで見送ってユさんをふりかえったら、彼女はあっかんべをしていた。気持ちはわかる。


「怒られてしまいましたけど、とってもすてきでした。さすがですね」

「えへへ」

「前にも歌ったんですか?」

「うん。ここに来た日にね、外でちょっと歌ったの」

 ユさんはそこで黙り込んだ。不機嫌そうに顔をしかめている。そのときにもやめさせられたんだろう。


「あたし帰る。ルリと一緒に帰る」

「……えっ」

 唐突だったので、自分ですすめたのにびっくりしてしまった。聞き間違いじゃないよね。

「声が響くのが楽しいのに歌うなって言うし。おもしろい物いーっぱい置いてあるのにさわるなって言うし。もういーや。あきた」

 おもしろい物ってつまり、盗品のことよね……いっぱいあるんだ……

「それにルリの服、もっとよく見たい。ここ暗くて、よく見えないんだもん。だから帰る」

 わたしの服、ね……盗賊達の目論見どおりになったわけだ。なんだろう、ちょっと悔しいと思うのは。

 でもよかった。説得できたのかどうかはよくわからないけれど、ユさんが自分で出て行くことを決めてくれた。


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