少女ふたり-1
第3章です。よろしくお願いします。
寒い…………
ぶるっと体をふるわせて、わたしは目がさめた。
「あ、起きたー?」
いきなり至近距離からのぞき込まれ、ギョッとして身をすくませた。その人はそれ以上なにも言わず、じーっとわたしの顔を見ている。女の子だ。
「起きたよねー? ねー?」
「う、うん」
強く確認され、わたしはぎくしゃくとうなずいた。すると女の子はにっこーと満面の笑顔を浮かべて立ちあがると、わたしの視界からゆっくりと消えた。
わけがわからないまま、わたしは体を起こした。ぺらっぺらな毛布が一枚、体にかけられていた。靴を履いたままベッドで寝ていたらしい。とても粗末なベッドで、ちょっとした身動きだったのにギシギシと音がなった。
薄暗い部屋だった。サイドテーブルに置かれた灯りはとても小さくて、全体の様子はわからない。どうやら窓がないようだ。空気がどんよりとしていてかび臭い。
と、いうか……ここ、洞窟みたい。壁も床も、もちろん天井もむき出しの岩だ。女の子が消えていったほうに目をやると、布が広げてかけられていた。扉の代わりだろうか。
まったく知らない場所だ。
わたし、どうしてこんなところに…………? なんで寝てたんだろう?
ずきん、と首のうしろが痛む。痛みがやわらぐわけじゃないけど、そこををそっと手で押さえてみる。なんで痛いんだろう?
押さえたところをさすりながらぼんやりと記憶を探る。
えぇと……朝から同盟支部に行って……そこにブロンディさんが来て、それからツェルトさんに会って。それから屋台にお使いに行って……
「あ」
門倉さんに先に行くと伝えて支部を出たあと、いきなり横からひっぱられた。それと同時に衝撃があった――首のうしろが痛いのは、このとき殴られたからだろう。
そこから記憶が途切れ、気づいたときには知らないところにいる……って、それって、それってつまり、
「わたし攫われた……!?」
「ま、そうだ。攫わせてもらったぜ」
呆然としたつぶやきに、応えた声があった。聞き覚えのない声だ。
ハッとしてそちらへ顔をむけると、布を持ち上げて声の主だろう男の人が立っていた。さっきの女の子がその横をよろけるようにすり抜けて入ってくる。足が悪いんだろうか。
男の人もすたすたとやって来て、灯りを少し大きくした。この人が誘拐犯……? 首から上を布でぐるぐる巻きにしていて目元がかろうじてのぞいているだけで、あからさまに怪しい格好をしている。人相がほとんどわからない。
「あー、なんだ、気分はどうだ?」
とみょうにきまり悪げに訊くので、
「……悪くはありませんが、首が痛いです」
とりあえず正直に答える。
「え、痛いの? お薬いるー?」
「いえ、薬は特に…………えっ!?」
思わず女の子の姿を見なおした。わずかだけど明るくなったことで、彼女の姿をはっきりととらえることができる。
彼女には、紺色の羽があった。
それにこの顔立ち。金色のくせっ毛は、もしかして――
「ツェルトさんの、妹さん……!?」
「んー? メイロ? だったらあたしの兄さまよ。知ってるの?」
「え、はい、少し……同盟の事務所で会って……妹さんを……あなたを探していました」
「あれ、そーなんだ? あー、また怒られちゃう」
と顔をしかめたものの、ケロッとしている。ツェルトさん、あんなに心配していたのに……あの憔悴ぶりが哀れに思えるほどだ。
「それよりっ!」
彼女はベッドに腰かけたままだったわたしの横にぐっと身をよせてきた。ぱたぱたと翼が小さく羽ばたいている。ツェルトさんと同じ薄い茶色の瞳が、きらきら輝いている。
「あなたのお名前は? あたしはユよ。ツェルト・ユ」
「橘瑠璃です。えっと……ツェルトって家名ですか? ユさんと呼んだらいいの?」
「うん。まだ成人前だから! あたしは、じゃあルリって呼ぶわ」
ユさんはまたにっこりと笑った。かわいらしい人だ。状況を忘れて、わたしもつられて笑ってしまう。
でも、どうしてこんなところで出会うのか。
行方不明になったというツェルトさんの妹さんだけど、ユさんの様子を見るかぎり、攫われてきたわたしとは違う事情でここにいるようだ。
眉をよせて、男の人を見あげた。
「どうして……わたしは誘拐された、んでしょうか」
緊張で声がふるえた。
「ちょいと事情があってな。頼みてぇことがあるんだよ」
わけのわからないことを言いだした。頼みごとをするために誘拐したということ?
「コイツをここから連れ出すのに協力してもらいたい」
男の人はユさんをしめしている。とても冗談を言っている雰囲気ではない。
彼女をここから連れ出す……? どういうこと?
ぽかんとしたわたしに、男の人――とりあえず頭巾さんと呼ぼう――も大きくため息をつきながら説明を始めた。
「俺たちァ本当は誘拐なんざしねぇんだよ。本業は盗みだけだ。コイツはいきなり現われて居座ってるだけなんだ」
盗みを本業にすることがまずおかしいのに、彼はやけに堂々と言った。そして誘拐をしないのは手間のわりに儲けが云々と、理由を語る。
「こっちがここからズラかっちまえば早い話なんだけどな、最近はここらを荒らしてるから簡単な話でもねぇ。それにこっちが移動したらコイツもついてきそうでな……口止めしてもペラペラしゃべっちまいそうな気がするからむりやり置いていくのも不安だ」
顔を見られているのね。となると、指名手配は具体的になるだろう。頭巾さんにとっては致命的なわけだ。
彼は重々しく続ける。
「どうするのがいいか、俺たちはない頭をしぼった。そしたらきのう、アンタを見つけた!」
嬉しそうに膝をパン!と叩き、びしぃっ!とわたしに指をつきつける。あんまり勢いがあったので、わたしは思わず知らず身をひいていた。なんなの。
「コイツの行動なんかを見たカンジ、コイツは好奇心だけで動いている。つまり、俺たちよりも興味を引くものがあればそっちに行くってことだ」
その対象に、わたし?
「ち、ちょっと待ってください。わたしのどこが、彼女の好奇心を満たすんですか?」
「なに言ってんだ。変わったもん着てんじゃねぇの」
頭巾さんは我が目に狂いなし、としたり顔で言った。いや、グルグル頭巾でハッキリわからないけれど、絶対そんな表情だと思う。
そして「ホレ見てみろ」とユさんをしめす。彼女はわたしたちの会話にはまったく興味がないようで、さっきから一言もしゃべっていない。かわりに、わたしの着ている着物が気になるようで、なでたり引っぱったりしている。
ユさんが顔をあげた。わたしを見て、にっこりする。
「これ、変わった服ね! どうして袖が長いの?」
「え……これはわたしの故郷の衣装なんです。若い女性向けのもので……袖についてはそういうものだとしか」
「よく見えないけど、模様もこまかいのがいっぱいね。でもスカートは無地なのね?」
「これは袴といって、スカートとはちょっと違います。無地ではなくて……明るいところなら模様がうっすらあるのがわかるんですが」
「そーなんだ。おもしろーい」
そしてまた着物をなでたり引っぱったりしはじめた。別にかまわないけれど……いやちょっと待って、袴はめくっちゃダメ!
あわててユさんを押しとどめ、見てもいいけどめくらないように釘を刺した。ユさんは不満げだけれど、そこはゆずれない。
「ははは! 狙いどおりじゃねーか! よし、礼代わりにアンタの荷物だけ返してやるぜ」
頭巾さんは上機嫌に笑い、一方的に宣言した。




