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出会いと事件-6

 レナト同盟とは、『人々の暮らしの手助け』を行動指針とする人たちの営利組織である。所属するのは傭兵や冒険者から、商人、学者、手工芸の職人など、それはもう多岐にわたる。活動範囲は世界中で、大きな何でも屋さんという感じ。

 所属単位は個人、というところがギルドとは違うところだろう。

 以前はいろいろな災害から人々の生活を守る傭兵の組織、と思っていたのだけど、あらためて調べてみたらまったく違った。めだつ活動がこれだったからだけど、ちょっと失礼な思いこみだったなと思う。


 ここマルテルのレナト同盟支部事務所は中心部から少し離れた通りにあった。いろんなお店が軒をつらねていて、朝から活気がある。

「……ついにと言うか、ようやくと言うか……」

 わたしの話をひととおり聞いて、受付のお兄さんは苦笑いをうかべた。

「ようやく、が本音でしょ。やっと盗賊退治の依頼が来たってのがさ。勝手には動けないもんねぇ」

「ええ、まあ」


 どういうこと?

「同盟はねー、助けてって言ってもらえないと動けないんだよ。ほら町の自警団とか、騎士団なんかの軍隊のメンツのためにもね」

「……頼まれもしないのに出しゃばるのは失礼ですものね。じゃあ、引き受けてもらえるんですね」

「もちろんです。ことわる理由もありません」


 お兄さんは手元の書類にペンをはしらせ、わたしには二つ折りのメニューブックをさしだした。料金表だ。

「盗賊退治、緊急依頼……ですので、こちらの金額になります。場合によっては追加料金が発生することがあります。もちろんそのときは、まずご相談のうえ、ですが……この点、ご承知おきください」

「あー例えばね、移動費が発生するとか……特殊な道具が必要になっちゃったりだとか。そういうときかな」

 門倉さんが補足してくれた。

「なるほど、わかりました」

 わたしは依頼書に署名した。これで依頼は成立だ。


「あ、意外なお客さんが来たよ」

 みょうに楽しそうに門倉さんが言うので、思わず扉のほうをふりかえった。ドアベルの音とともに室内に入ってきたのは、なんと自警団副団長ブロンディさんだった。

 え、あれ? 自警団は同盟が嫌いなんじゃなかったっけ?

「一足遅かったか……」

 ブロンディさんはむすっとした表情でぼそっとつぶやき、つかつかとやってくると、

「マイク、この娘の依頼は破棄してくれ。代わりに盗賊退治のために自警団との共同戦線を依頼する」

 と告げた。

 一晩のあいだになにがあったの!? 思わずまじまじと彼の顔を見つめてしまう。


「……決断したんですね」

「あぁ。きのうの襲撃での被害はあの場だけではなかった。町中にも被害が出ていた。もう意地をはっている場合ではない」

 そう言うブロンディさんの顔は、それほど嫌そうではなかった。むしろやる気が満ちているようだ。

「自警団の総意で間違いありませんね? 決定に異を唱えて足並みがみだれるのはごめんですよ」

「ああ。奴らを逮捕できれば被害はなくなる。それについて文句を言うやつは自警団にはいない」

 お兄さん……マイクさんはわたしに向き直った。

「タチバナさん。お聞きのとおり、自警団副団長から、同盟との盗賊退治共同戦線の依頼が入りました。あなたの依頼は破棄してもよろしいですか?」

 解決するのが最優先なので、わたしに異存はない。


 さっそく打ち合わせをするということで、わたしたちは奥の部屋にとおされた。本来ならいる必要はないんだけど、きのうの襲撃の時に現場にいたから、なにか気づいていることがあるんじゃないかということで出席することになった。といっても、その可能性があるのは門倉さんだけだ。わたしは混乱していたから正直あんまり覚えていなくて、完全にオマケである。

 打ち合わせはさくさく進み、話はあっという間にまとまった。よけいな話はいっさいなく、本当にむだがなかった。

「では以上です。よろしくお願いします」

「おうっ!」

 マイクさんがしめると、ブロンディさんや同盟の傭兵たちが足早に出ていく。


 ああどうか、どうか早く解決しますように……!

 わたしは祈るばかりだ。

「じゃ瑠璃ちゃん、このあとはどうする? 宿で待ってるか……それとも町を見てまわる?」

「えぇと……」

 戻ったところで、荷物のないわたしはすることがない。人に任せてじっと待っているのって、もしかしなくてもけっこうつらいのかも。とくに今は旅先だし。


「小さな町ですが、それなりに見所はありますよ。広場のほうはいろいろな店が出ていますし」

 うーんと悩んでいたら、マイクさんが提案してくれた。

「へぇー。瑠璃ちゃん広場行ってみようか? 瑠璃ちゃんの勉強になるんじゃない? 大商人になるためのさっ」

 大商人って。わたしはおかしくなって、ちょっと笑った。

「そうですね。じゃあ広場へ行って、町を見物しましょうか」


「あぁ、そうだ。もしよければ、ついでのお使いをお願いできませんか? 屋台に出前の注文なんですが……」

「あぁはい、わかりました。お引き受けします」

 ちょっとしたことでも目的があるほうがいい。

「お店は決まっているんですか?」

「えぇ、いつも同じところに頼みますから。地図を書きますね。店名がないから迷うかもしれませんが……店主の特徴もいるか。今回は量を増やしておいたほうがよさそうだな……」

 マイクさんは後半は独り言になりながら、さらさらとペンを走らせる。書きなれているのか、その手は早い。

「いつもより量が必要なら、別の屋台にも注文してはどうですか?」

「そうですね……金額と折り合いがつけばそれでもかまいません。そのあたりはタチバナさんにお任せしましょう」

 渡されたメモには地図のほかに、店主の特徴、必要量と追加分、予算なども走り書きされていた。なるほど……追加の分は屋台を見てまわって決めるのがよさそう。味見は門倉さんにも手伝ってもらおう。

 うん、じゅうぶんな気晴らしになりそうだ。


 意気込んで奥の部屋から表の事務所へ出たところで、入口の扉がひらいた。

「ごめんください。ちょっと知りたいことがあるんですが」

「はい、なんでしょうか?」

 マイクさんが丁寧に対応する。

「このあたりで起こっているって盗賊騒ぎのことで」

 わたしはその新たなお客さんの姿にただただ目を丸くしていた。

 お客さんは、エイテスだった。


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