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訪問客-1

よろしくお願いします。

「いつになってもかまいません」

 その人は風貌どおりの穏やかな話しかたでそう言った。

「いつか出会うことができたら、お渡ししてください」

 桐の箱に丁寧にしまわれた小さな笛。壊れていて、その音は聞けない。




 冬の日暮れは早い。期末試験の勉強会をやっていたら、もうすっかり真っ暗だ。それほど長い時間じゃなかったんだけどな。昼間よりも寒さがより厳しくなったもする。

 頭の中は公式やら単語やらがうずまいていて、もうパンパンだ。二学期の期末試験の範囲はどうしてこんなに広いのか……


「ただいまー」

「おかえりなさい、瑠璃さん」

 玄関で声をはりあげたら、通い女中の志摩さんがすすすっとよってきた。あれ、こんな時間にまでいるなんて珍しい。いつもならお夕飯の準備を終えたら帰るのに。

「瑠璃さんにお客さまがみえていますよ」

「お客さま? わたしに?」

 誰だろう? 急いで客間に向かう。


「旦那さま、瑠璃さんがお帰りになりました」

「ただいま、お父さん。えっと……わたしにお客さま、とか」

 客間の椅子にお父さんと、その対面に七十歳前後くらいの、温厚そうなおじいさんがいた。

「おかえり。うん、おまえにお客さまだよ」

「瑠璃です。お待たせしてしまったようで、申しわけありません」

 むきなおって挨拶すると、おじいさんはゆっくりと立ちあがった。ちょっとぎこちない感じ……もしかしたら膝が悪いのかもしれない。

「いいえ、都合も考えずに突然おうかがいしたのはこちらですから…………初めまして、中浦と申します」

 見た目からの想像を裏切らない、穏やかな話しかただ。


「中浦さんはお茶の問屋さんなんだよ。今はもう引退なさっているけどね」

「ええもう楽隠居の身分で……そのせいで学生さんの事情など考えなしに動いてしまいました。もうすぐ期末試験だそうですね。今日は勉強会でも?」

「はい。みんなで教室で……寒いんですけれど、どうしても騒がしくなってしまうので図書室は遠慮して」

 一応弁解しておくと、むだにおしゃべりしているわけじゃない。やれここがわからない、ここ教えて、なんてやってると自然にうるさくなってしまうのだ……脱線する回数も多かったのは確かだけど。

「そうですか、そうですか。良い成果が出るといいですね」


 中浦さんはにこにことうなずき、それから眉をさげて言った。

「本当にお尋ねする時期を間違えました。きょうはあなたに……瑠璃さんにお願いしたいことがあってまいったのです」

「わたし、に……ですか?」

 驚きよりもぽかんとしてしまった。一介の女学生より人脈があるだろう問屋さんが、わたしに頼みごと?


「瑠璃さんはあの『七つの瓶』を揃えたそうですね?」

 …………なぜそれを!?

 あの一年におよんだ旅のことは、他人にはほとんど話していないのに。

「吉備津さん……吉備津商会の社長にうかがいました。絶対に他言してはならないという条件で。あのかたは、私が長年抱えている願いをご存じですから」

「吉備津さんが……」

 お父さんの先輩で、敏腕の商人で、おもしろいことが大好きな人だ。前回の旅の出資者でもある。たまの休日などに遊びに来るので、親しくさせてもらっている。

 吉備津さんがだいじょうぶだと考えて話したのなら、中浦さんは信用に値する人なのだろう。わたしはうなずいた。


「はい。そのとおりです」

「うわさばかりの『七つの瓶』をそろえるには、根気や伝手以外の……なにか縁のようなものがいるのでしょう。また、それを引きよせるだけの熱量が」

「最初は意地でしたし、推測でたずねていったところもありましたけど。祖父から何度も聞いていた憧れの品でしたし、縁はたしかにあったな、と思ってます」

「空振りだったことがなかったんだよね」

「うん。時間はかかってもなにかにはつながってた」


「旅のあいだ、不安などはなかったのですか?」

「……それはありました。考えていたことが的はずれだったらとか、調べものでなかなか答えにたどり着かなかったりとか……醸造所に行ってみたら、もう作れないと言われたのもあったんですよ」

「それは……途方に暮れたでしょう」

 あのときの頭が真っ白になった感覚は今でも忘れられない。

「はい。次の手がかりがなにもなかったものですから。でも幸運にもその関係者が同じタイミングで訪れたので、解決したんです」

「なんと……」

「これが最初の瓶のできごとだったので、その後は不安はあっても、なんとなくだいじょうぶだ、と思って旅をしていました」

「なるほど……それが旅を成功にみちびいたのでしょう。すばらしいことですね」


 中浦さんはうん、とひとつうなずき、

「それを見込んで、これをお預けしたいのです」

 小さなふろしき包みをテーブルに置いた。中浦さんはするすると包みをほどき、あらわれた中身は桐の箱。それをまた開けて入っていたのは、

「それは……笛、ですか?」

 お父さんが興味津々で身をのりだした。

 布張りの台座の中央に、ちんまりと据えらえたもの。材質は木だろうそれは手のひらにすっぽり収まってしまうくらいの大きさで、確かに笛に見える。ただ穴と穴の間に縦に亀裂が入っていて、壊れてしまっているようだ。

「これに私は命を助けられたのです。この笛の本来の持ち主に、壊してしまったお詫びと、助けられたお礼を届けていただきたいのです……」

 目を細めてなつかしそうに中浦さんは言った。


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