第64話〜魔王襲来〜
「魔王…だと…?」
「おう、はじめましてだな。お前らのことは色々聞いてるぞ、うちの幹部が色々お世話になったみたいじゃあないか」
幹部…部隊長のことか。
「あぁ…確かに色々お世話してやったな。それで?今日はその報復にでも来たわけか?」
「はっはっはっ、そんな下らん真似するはずが無いだろう。部下とは言え、奴らが負けたのは奴ら自身が弱かったからだ、その責任をお前たちに取ってもらおうとは思っていないよ」
「でしたら…なぜ、ヴェレストリアへ?」
「なに、ただの様子見だよ。最近力をつけてきたという国が俺達の脅威になり得るか…この目で確かめてみたかったものでね」
「へぇ…魔王直々に偵察に来て頂けるとは、随分この国も評価が上がってきたもんだな」
「おう、かなり評価してるぞ。特に聖女と妙な武器を使う燕尾服の男。その二人がキーマンって話だからな、どんな奴らなのか気になっていたんだが…まさかその早々にその二人と対面できるとは思わなんだ」
さすがは魔王。有栖だけではなく俺の情報も持っているわけか。
まぁ、部隊長と直接戦闘しているわけだし無理もないが…
「そいつは良かったな。ならもう用事は済んだわけだろ?さっさと帰ってくれるとありがたいんだが」
「人間風情がっ…グラシア様に向かって舐めた口を…」
俺の軽口に対して、スピカが強い殺気を放ちながら怒りをぶつけてくる。
「まぁまぁスピカ、口の聞き方くらいで怒るなよ」
「ですが…」
「彼らは別に俺の部下ってわけでもないんだぞ」
「し、失礼しました…」
魔王が少し強い口調でスピカを嗜めると、スピカはすぐに怒りをおさめる。
「うちのスピカが失礼したな。さて話を戻すが、俺は確かにお前達を評価している。だが正直に言えば、今のお前達は俺の脅威になる存在とは思えん」
少しだけつまらなさそうに、そう言い放つ魔王。
「私達は…あなたの脅威になりたくて力をつけてきたわけではないですから」
「はははっ、確かにそうだ。だが、それではつまらんではないか」
「つまらない…?」
「そうだ。どうせ戦うなら少しでも強い奴と戦いたいだろう?」
至極当たり前のように、そう言ってのける魔王。
バトルジャンキー…とでも言ってしまえば聞こえが良いのかもしれないが、命の奪い合いをしようという相手に相応の強さを求める、という思考はさっぱり分からない。
まぁ、魔王などという、ふざけた存在になるものの思考など分からなくても当然か。
「それで…お前が言いたいのは、脅威にならないうちに俺達を潰したいって話か?それとも強くなるまで俺達を見逃してくれんのか?」
俺が質問をすると、魔王は少しだけ考え込んだ様子を見せ、やがてゆっくりと口を開く。
「ふむ…そうだな。正直俺としては今のお前達を殺すことに全く魅力を感じない。だがかと言って…悠長に挨拶だけして帰るのも味気がない。そこでだ」
そこまで言うと、魔王はスピカに目配せをした。
それを見たスピカはその場で軽く指を鳴らしてみせる。
すると次の瞬間…
「は…?」
気がつくと俺たちは、いつのまにか周囲に何も無い荒野に立っていた。
だがほんの数秒前まで、俺たちはヴェレストリアの小料理屋にいたはず…。
「これって、魔法…ですか?」
何かに気がついたのか様子の有栖がそう尋ねると、無表情のままスピカが答える。
「はい。私の空間魔法で少し場所を変えさせていただきました」
「何のために…?」
「なぁに、ちょっとした娯楽だよ。来い、タウロス」
魔王がそう言いながら手を前に出すと、地面に紫色の魔法陣が浮かび上がる。
そしてその魔法陣が光を放った瞬間…そこから牛の頭部をした屈強な魔物が現れた。
『お呼びでしょうか。魔王様』
「急に呼び出してすまんなぁ。ちょっと頼まれてくれるか?」
『魔王様のご命令であればなんなりと』
「いいねぇ。じゃあちょっとそこにいる人間2人と戦ってくれるか?もちろん殺したって構わん」
『仰せのままに』
魔王が俺たちの方を指さしながらタウロスと呼ばれる魔物にそう指示を出すと。
魔物は俺たちの方を向き直る。
「いきなりかよ…」
「お前たちが勝ったらちゃんとヴェレストリアに戻してやるさ。まぁタウロスは魔王軍部隊長で5番目に強い魔物だから、今のお前らよりはよっぽど格上だけどな」
「部隊長の…5番手…」
王宮の隠し部屋で見つけた古書によれば、確か部隊長は全部で13人と書いてあった。
今まで相手取ってきた部隊長がどのくらいの序列なのかは知らないが、魔王の言葉を聞く限りこれまでの奴らより強いのは間違いないのだろう。
有栖もそれを察してか、明らかに緊張したような顔をしている。
「お前たちがこのまま惨めに殺されるのか…はたまたタウロスを倒し、俺の脅威になり得る存在へと成長してくれるか…これはそれを測るためのゲームだ」
魔王は楽しそうに口を歪ませながら、言葉を続ける。
「それじゃ始めてもらおうか。少しは…楽しませてくれよ?」
こうしてあまりにも突然に、俺と有栖対魔王軍部隊長第5位の魔物との戦いが幕を開けるのだった。