第5話〜交渉成立〜
聖女様に無理やり押し込められる形で、俺は馬車に乗り込んでいた。
「やっと二人きりになれた。ここなら大丈夫ですね…」
「何だよ、いきなり…」
「ふぅ…あんたねぇ!いきなり転生者だってバラそうとするとかどういうつもり!?」
二人きりになった途端、聖女にブチ切れられる。
先ほどまでの清楚で可憐なオーラはすっかり消えていた。
「いや、お前が認めようとしないからだろ。というかキャラ…」
「うるさい!認めるわけ無いじゃない!だいたい転生者だってバレたらどうなるかくらい分かるでしょ!?」
「まぁ、色々立場が危うくなるとは思うけど…」
「危うくなるなんてもんじゃない、すぐ魔王軍の大群が押し寄せてきて、殺されるに決まってるわ!」
「ま、まじで…?」
「そうよ…転生者って言ったら魔王を滅ぼしうる唯一の存在なんだから」
魔王の天敵だからこそ、バレたら全力で狙われるわけか。
「攻めてきたとして、返り討ちにするってわけにはいかねーの?」
「少なくとも今はどう考えたって無理。私の力じゃ魔王は愚か配下の部隊長にだって勝てないわよ」
「そんな強いのか魔王軍…」
先ほどのこの聖女の一撃だって、明らかに人外の強さに見えた。
しかし魔王軍の隊長格ですらそれより強いとなると…
「終わってんな、この世界」
「見りゃわかるでしょ、それくらい…」
「はぁ…これからどうすっかなぁ」
安住の地だと思っていた町は魔王軍に焼かれ、頼みの転生者も魔王軍に太刀打ちできない。
女神から聞いていた情勢と話が違いすぎて、もはや絶望しかないではないか。
俺が頭を抱えていると、聖女が声をかけてくる。
「ねぇ、私の勘違いかもしれないけど、あんたも転生者だったりするわけ?」
「は!?お、おま、そんなわけないだろ…!?」
さすが聖女。意外と鋭いようだ。
だが俺のほうが一枚上手である。
完璧な対応で聖女の質問を否定してみせた。
「取り繕うにしても下手すぎでしょ…はぁ、やっぱりあんたも転生者なのね」
駄目だったようだ。
「な、なんで分かったんだよ?」
「この世界の情勢何も知らないなんて普通におかしいでしょ。それに何よりあんたの服装、私が元いた世界のものとそっくりだし」
改めて自分の服装を見直してみる。
こっちに来てから着替えていないのだから当然だが、ジーパンにTシャツという転生前に来ていた服装のままだ。
「あぁ、確かにこれはバレるな…」
「でも転生者って、各世界に一人しか存在しないんじゃなかったっけ?そのルールがあるから、私何かの間違いかと思ってたんだけど…」
「あぁ、それなら」
どうせバレてしまったことだしと、俺はこの世界に来ることになった敬意について聖女に説明した。
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「つまり…手違いで転生者に選ばれて、仕方ないから私がいるこの世界に飛ばされたってこと?」
「そういうことだ、不憫で仕方ないだろう?」
俺が転生の経緯を説明したところ聖女は俺に憐れみの目を向けてきた。
もしかしたら侮蔑の目かもしれないが。
「はぁ、せっかく同じ転生者に会えたと思ったのに、これとか…」
なるほど、後者の方だったようだ。
「俺の意志じゃないんだし仕方ないだろ」
「まぁそれもそうね。で、要約するとあなたはこの世界には来たばっかりで、行く宛もなくて困ってるってことでいいのよね?」
「そうなるな、住む予定だった町もなくなっちまったし」
「はぁ…じゃあ仕方ないか」
聖女はしばらく考え込んでいたが、意を決したようにこちらを向いた。
「あんた、うちの国に来なさい。仕事くらいは斡旋してあげるから」
「いや、それはありがたいけどなんでだ?」
俺が戦力にならないことは聖女も理解しているはず。
そんな俺を自分の近くに置いてなんのメリットがあるというのだろうか。
「ここで見放してあなが死んじゃったら寝覚めが悪いじゃない、一応同郷なわけだし…」
「お前…結構いいやつだな」
転生者に選ばれる条件の1つに【善良な心を持っていること】
というのがあったが、彼女を見て納得できた。
同郷というだけで初対面の相手の面倒を見るなど、俺には絶対できないことだ。
「お人好しなのは自覚してるわ。でもこれに関してはちょっと打算もあるの」
「打算っていうと?」
「あなたは元の世界の知識を持ってるでしょ?それが私と共有できるなら、今後役に立つかもしれない。それに一応転生者である以上、あなたには何らかの能力が与えられてるはずなの」
「あぁ、それな。でも女神に聞いても何も答えてくれなかったぞ?」
「多分あなたを早く送り出したくて、特に考えずに能力を授けたんだと思うわ…あの人そういうところあるし…」
結構いい加減な女神だとは思っていたが、そう思っていたのは彼女も一緒だったらしい。
「つまり仕事を紹介する見返りとして、お前の役に立てと?」
「そういうこと、でも戦場に立って戦えなんて理不尽なこと言わないから安心して。それならあんたにとっても悪くない話でしょ?」
果たして俺がなんの約に立つかは分からない。
だが少なくとも、俺一人でこの世界で暮らしていくよりは、彼女の側にいるほうが安全なのは間違いないはずだ。
「ま、断る理由もないな」
「じゃあ交渉成立ってことで。白崎有栖よ、よろしくね転生者くん。」
「あぁ、久遠遊斗だ、こちらこそよろしく」
軽く握手を交わす俺たち。
こうして俺と有栖、2人の転生者の物語が始まったのだった。