第166話〜密命〜
‐スピカSide‐
「…はぁ、本当に面倒なことを…」
…私は深くため息をつきながら階段を登る。
外の喧騒から察するに向こうは絶賛戦闘中のようだ。
作戦通りと言えば作戦通り…なのだが、
「あの男…もう少し合理的な判断ができると思っていたんですが」
そうつぶやきながら、私は人間という種族の非合理性に呆れていた。
いくらこの城にいる聖女が、魔王軍を打ち破るための鍵になる存在だとしても、見ず知らずの他人のために命を投げ打ってまで助けようとする必要がどこにあるというのだろうか。
ここで死んでしまったら何の意味もないというのに。
これが人間の言うところの【意味のある死】というやつなのだろうか。
だとしたら本当にくだらない。
確かに種族の存続は重要な問題だが、自分自身の命と天秤に賭けるようなものではないし、間違っても自分の命よりも優先するようなものではないのだ。
それすら分からない辺り、人間とは何と愚かなのだろうか。
そして…なぜ私がそんな人間の力にならなくてはならないのだろうか。
考えれば考えるほど、今自分が置かれている状況の惨めさに嫌気がさしてくる。
「…しかしこれがグラシア様の命である以上、私に拒否する権利などはないのですか」
誰も聞いていない場所で一人、自嘲気味に笑いながら呟く。
そんな事を考えながら私はやっと階段を登りきり、最上階の部屋に辿り着く。
「まったく、なぜ私がこんな事を…」
そう言って辟易しながら私はドアノブに手をかけ扉を開く。
扉を開いた先にいたのは、純白の修道服に身を包んだ聖女…フレア。
彼女は跪き手を合わせ、何かに祈りを捧げているところだった。
「…まったく悠長なものですね」
私のその声にフレアが振り返る。
「あら、勇者様のお仲間…確かスピカ様でしたか?」
こちらを見つめるフレアの瞳は慈愛で満ち溢れているが、同時にどこか狂気を感じさせた。
「…聖女フレア。外で何が起きているかは分かっているでしょう、逃げないんですか?」
私の問いかけにフレアは小さく笑う。
「外であんなに激しく戦っているのに、いったいどうやって逃げると言うのでしょう?」
「…まぁそうですが」
「それに私に出来ることはこれだけですから」
そう言って笑うフレア。
「…あなたの力があるなら、他に出来ることはいくらでもあるでしょうに」
ため息混じりにそう言った私に、フレアは不思議そうに問いかけてくる。
「私の力は祈りだけですよ?他にできることなんて何もないはずですが…」
「それだけ強力な魔赫を有しているのによくもそんな事を…まぁ、私には関係のない話ですから別に構わないですけど」
依然としてフレアは疑問符を浮かべながらこちらを見つめているが、正直彼女がその力をどう使うかは私には関係のない話…突っ込んだところで何の意味もない。
そう悟った私が小さく息を吐くと、フレアが尋ねてくる。
「ところで、スピカ様はどういった理由でここにいらっしゃったのですか?」
「…命令されたんですよ。あなたをここから連れ出すようにと」
私がそう答えると彼女はさらに首をかしげ聞いてくる。
「えっと…それはどなたから?」
「はぁぁぁぁ………」
それを問われた瞬間、無意識に口から大きなため息が漏れる。
「…スピカ様?」
「…誰の命か、については出来れば聞かないでもらえると助かるのですが」
「いや、でもそこをお聞きしないことには私も判断のしようが…」
「はぁぁぁぁぁぁ…………………」
「す、スピカ様…」
「…命令を出したのはユートです」
「ユート様、というとあの勇者様の付き人様ですか」
「そうなりますね」
正直、この事実を彼女に伝えるのは心底腹立たしかった。
仮にも元魔王軍部隊長第2位の実力を持っていたはずの私が、あんな弱くて口だけの人間の命令を素直に聞くなど…誰にも知られたくないことだったからだ。
実際、フレアも私が黙ってユートの指示を聞いているということに少なからず驚いているらしく、少し困ったように口を開く。
「あの、おそらくですがユート様よりもスピカ様の方が力はありますよね…それがいったいなぜ…」
「こちらにも事情がいろいろあるのですよ。いちいち聞かないでもらえると助かります」
「す、すみません…」
そんなくだらないやり取りをしていると何かがぶつかったらしく、城が大きく揺れる。立っていられなくなったフレアはその場にへたり込む。
「ここは危険です。安全な場所にお送りしますので早く避難しましょう」
「ですが…どうやって…?」
不思議そうな顔でこちらを見つめるフレア。
疑問を持つのは分かるが、城は先ほどの衝撃から断続的に揺れが続いており、いつ崩れてもおかしくない状況だ。
私は何かを問いかけようとするフレアを遮るように強引に手を強引に掴む。
…次の瞬間、私たちの身体は眩い光に包まれた。




