第142話〜アルゼシウスの惨状〜
-アルゼシウス領内-
「案外あっさり入れちゃいましたね」
スピカの移動魔法を使ったことで、魔物達の群れに見つかることなく、一瞬で城の外壁内に入ることに成功する。
城の内部まではまだ少し距離があるが、ここにワープしたのは安全を考慮したうえの事だろう。
「…貴方達、私を便利な運び屋か何かだと勘違いしていませんか?」
一応、俺達の事を配慮しながらも、やはり彼女なりに思うところはあるようで、恨みの籠もった目で俺たちを睨むスピカ。
「仕方ねぇだろ、お前の移動魔法便利なんだから」
「…また敵に戻った時は覚悟しておいてください」
スピカはそう言って俺をもう一度鋭く睨んだ。
そんな視線にもいい加減慣れてきたので、俺は無視して話を続ける。
「それよりも城壁内に入ったはいいが、なかなか悲惨な状況だなこりゃ」
中に入った俺達の目の前に広がったていたのは、大量に積み上げられた白骨死体。
そしてやせ細り今にも餓死してしまいそうな国民と思われる人々…
彼らはまさに肉と骨だけというほどにやせ細っており、生きているのが不思議なくらいだった。
元の世界にいた時、歴史の授業で大飢饉の絵を見せられたことがあったが、今見ている様相はまさにそれに近い地獄絵図である。
「ひどい…。私ちょっと皆さんに食べ物を分けてきます!」
すぐに駆け出していこうとするフィオをリーシャが抑える。
「ちょっと待って。一歩立ち入っただけでこんな状況なのよ、この国の人口が何人いるかも分からないのに無闇に手を差し伸べるのはかえって混乱を招くだけだからやめておきなさい」
「でも…」
「…目の前の人を見過ごせないのは分かるけど、この国のことを本気で考えるなら、少しでも早く魔王軍との抗争を終わらせて、人々が外に出ても安全な状態にしてあげるほうが先決でしょ、違う?」
フィオを諭すように、優しく語りかけるリーシャ。
確かに彼女が言う通りだ。
俺達が今ここで目の前にいる人々に食料を配れば、噂を聞きつけた国民達がここに押し寄せることになるだろう。
そうなれば俺達は何時間足止めを食らうか分からない。
それにワールド・アクセスで食料自体は無限に呼び出せるといっても、この戦いが終わるまでアルゼシウスの人間は外に出ることが出来ず、食料確保もままならない状況が続く以上、一時的に彼らの空腹を満たしたところで、その場しのぎにしかならない。
それをするくらいなら、少しでも早く魔王軍を殲滅した戦いを終わらせて、この包囲された状況から民達を解放するほうが良いだろう。
「…分かりました。先を急ぎましょう」
フィオは固く目を瞑ってから、城の方へと歩き始める。
大きな問題を解決するために、目の前で起きている問題を見過ごす。
これは合理的な考えではあるが、フィオにとってはかなり精神的に負荷がかかる決断だろう。
それでも黙ってリーシャの言うことに従うあたり、彼女自身も少しずつ変わり始めているということだ。
「…それにしても兵士が見えないけど、全員城内にいるのかしら?」
「恐らくな。と言ってもこんな状況で長いこと戦争しているなら、もはや兵士と呼べるだけの存在がどれだけいるかも怪しいけどな」
「そうね。それに、国民がこんな状況なのに何の手助けも出来ていないんだから、国家としてもうほとんど機能してないんでしょうね…」
周囲を見ながら、心苦しそうにリーシャが呟く。
「…あれこれいってもしかたない。さきをいそごうよ」
フュリィに促される形で、俺達は城の内部へと足を速めた。
そのまま数分ほど歩いたところで、俺たちは城の内部へ入るための扉の前に辿り着いた。
この先に恐らくアルゼシウスの王がいるのだろう。
だというのに…
「国の中枢だというのに、門番を1人もつけないんですね…」
フィオの言う通りその扉は閉ざされてはいるものの、扉を守る守衛はおらず、自由に出入り可能な状態だった。
「もう、守衛をつける余裕もないんじゃない?まぁさすがに鍵くらいはかけてるでしょうけど」
そう言いながらリーシャが扉を押すと、扉はギギギと錆びた鉄の音を響かせながらゆっくりと開いた。
「…ご自由にどうぞってか?」
俺が皮肉混じりに笑うと、隣にいたスピカが不思議そうに尋ねてくる。
「城門がすんなり開くのがそんなに不思議なのですか?魔王様がお住まいの城も鍵などかけてはいませんが…」
「世界最強の生物と一緒にすんな。魔王相手にカチコミできるのなんて命知らずの勇者くらいのもんだろ」
「あはは…一応このパーティーはその命知らずに該当すると思うんですが…」
俺の言葉に気まずそうに笑うフィオ。
そうだった、曲がりなりにも俺達は魔王を倒すために結成された勇者パーティーだったな…。
「さて、じゃあそろそろ中に入るわよ。全員気を引き締めてよね」
リーシャの言葉にフィオとフュリィが黙って頷き、スピカが小さくため息をつく。
そして彼女を先頭に、俺達はゆっくりと城の中へと足を踏み入れた。




